【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第6回 フロントフォークの重要性
目次
自転車性能を語る上で最も重要な箇所は? と聞かれたら私は迷わず「フロントアライメント」(前輪系)と答えている。
我々が操る二輪車が倒れずに自由に好きな方向へ進み高速でカーブを曲がって行けることは驚異的な事実である。正に二輪車そのものの根本的な原理であり二輪車の大きなテーマである。
すなわちライダーの感性に最も直接的に訴えかける性能であるとも言える。
私がライダーからのフィーリングや問題点を得た時には必ずと言っていいほどフロントアライメント系の問題点や結果である事ばかりだ。
自転車のフィーリングとは一重にフロントアライメントの性能と言っても過言ではない。
しかしプロアマ問わずフロントアライメントの性能を率直に私の耳に届けるライダーは驚くほど少ない。もう少しヘッドを立てたい、オフセットを増やしたい……などという言葉は皆無である。なぜなら理論的な説明や論文は多く発表されているがどれも不完全な物ばかりで的確な情報は少ないからだろう。安易なイメージで伝えてくれるライダーはいるが的外れな言葉が飛び交っているのも事実(もちろん仕方ない)。
私自身安易に答えを出すことは難しいテーマである。
またライダーとの相性という人間エンジン特有の問題を抱えており、推理小説の様な側面を持ち合わせている。
しかし我々製作者にもこれらを操る余地は多く残されており、それらの問題を推理し真摯に向き合う事こそが私の仕事であり喜びでもある。
今回はその全てを解明するには途方もない時間と経験が必要であるので、その一つを形どりフロントフォークのオフセット値や剛性の問題にフォーカスを当ててお話しさせていただければと思う。
フロントアライメントとは
フロントアライメントは前輪系の様々な要素からなる性能の表れである。
要素は「ホイール径」「ヘッド角度」「フォークオフセット」からなる要素から現れる「トレール値」「ホイールフロップ値」(自転車の上下運動)を設定したり、逆に適正なトレール値やホイールフロップ値を設定してからのオフセット等を決めていくことが主であろう。
しかし 実際はコーナリング角度、速度、重力、ホイールの慣性、前輪への荷重、全体の慣性、全体の重量、重力、グリップ、空力、ライダーのスキル…… 全くと言って良いほど一筋縄では行かない事をご理解いただきたい。
しかし、ここで多少数字に触れる事も大事と思うので、触れておくが巷のロードレーサーはおよそ700Cホイールでは、オフセット43mmで、キャスターアングル73°でトレール値57mm、ホイールフロップ15mm前後というのが一般的なところだろう。
長い歴史の中で生まれてきた数字に他ならないが、科学的根拠がどこまで正当性を出せるか、その答えは風の中であるが 現在主流の25C以上のエアボリュームで一般サイクリストが同じ寸法を使用するというのはやはり不自然な話だろう。
また、キャスターアングルやフレームサイズ、ライダーの体重などがわからなければ、どのくらいのオフセットが適正なのか? という議論は無意味なことも付け加えておこう。
設計概論からのフォークオフセットの意味
フォークオフセット値がある。
現在販売されているカーボンホークのオフセットはおよそ何通りあるかご存知だろうか。
2種類? 3種類? 4種類?
9割以上が43mm、フレームセット販売では43mm一択というのが現実的な所だろう。良心的なメーカーで50mmが追加されて2種類といったところで、3〜4なんてあれば御の字だろうが、私の知る限り4種類なんてメーカーは聞いた事がない。
43mmという数字がどこから来ているのかは謎でもあるが、もちろん的外れではないが、おそらくヘッドアングル73°前後に合わせていると思われるが、多くをカバーしているかな? 程度の数字であるのは言い訳の余地がない。
二輪車の設計はそんなに甘くない。
体型、体重、乗り方、スピード域、に対して調整が必要なことはここで触れるまでもないだろう。
私の製作するフレームは各スケルトン毎に毎回違う数値で製作している。
設計に応じて、無限に製作しているが、前置きで述べた通り、二輪車の根幹に触れる箇所である、全くと言って良いほど当たり前な話である事を理解していただきたい。
入門車レーサーであれば仕方ないと納得できるが、各メーカーのフラッグシップがこの有様だ。
またレースは日々変わり続け、流行も存在する。
例えばオーダー主流の競輪であれば最近は競争スタイルが変化したため小さなオフセットが流行しており日々一刻と変化を遂げており私は日々頭を悩ます。
一方ロード競技も日々変わっているのは当然であるが、43mmオフセットはかれこれどのメーカーも10年は遵守しているという……つまり生産効率しか考えていないという事実だ。
私が最も問題視しているのは、この事に関してメディアやユーザー感で議論がされないという事実だ。
販売もされておらず、製造するメーカーもなく、プロ選手でさえその選択肢を奪われてしまっている。一般ユーザーもメディアも考察しても打開策を奪われていると思い込み思考回路は止まる一方だ。もっと自転車は自由なはずなのに私としては気が咎める思いであり、推理小説の様に面白い自転車選びを知っていただきたいと思う。
オフセットが2種類しかないのであればライダーにフィーリングを聞いたとしても、重要なフロントアライメントを操ることは絶望的だ。一体何を聞いているのだろうと不信感さえ募る。
もしオフセットの選択肢を増やさない理由が生産効率やコスト削減以外に何か他にあるのであれば、各メーカーの設計者とやらに聞いてみたいものだ。私から言わせれば設計者としてのプライドや品格さえ問われる問題だ。一体あなたは自転車の何を設計しているのかと……(因みに東京サイクルデザイン専門学校の学生でさえオフセットの数値を操り適正な数値を模索している)
少し熱くなってしまったがお許しいただきたい。私はそこで勝負している設計者でもあるので。
フロントフォークの形状や素材
こちらはフロントアライメントに関係もあるが、端的に乗り心地などに影響する側面が強いだろう。スティールかカーボンか? そんな話になりそうだが、結論から書くと素材に拘らず太ければ硬く細ければ柔らかいと言う事であろうが、素材云々の話に発展しそうなので、このあたりは様々な所で執筆や講演しているので割愛させて頂こう。
経験談でお話を進めると、様々な車種を作る上で一つのポイントは自転車はフロントブレーキ使用時にかなりの負荷が掛かると言うことであろう。その為に多くのロードレーサーは縦方向に楕円となっている傾向にある。楕円というのは素材としては厄介な側面を持っており全方向に柔軟に動いてくれないので少々癖は強いのだが、多くのレーサーに採用されるのはその為だろう。
一方ブレーキを必要としないピストフレームには丸フォークが頻繁に使われている。
やはり、昔のスクラッチ競技などでは全方向に素直に変形する丸フォークが重宝がられていた。これらにブレーキを付けて街道で走るとブレーキング時に柔らかさを感じ全く使い物にならないなんて話も良く聞いた。
重心との関係
感覚的な側面で私がこだわる一つはライダーが乗った時の重心バランスだ。
サイズ上どうしてもトレール値が適正に保てない場合はステム長などで大きく改善できる事もよくある。ハブ軸の真上なのか後ろなのか前なのか? で全くフィーリングは異なる為にそのあたりでオフセットを調整する。
ポジションが重要という言葉ばかり先行しているロードレーサーであるが、二輪車を走らせるという全く別の側面を持っており、そちらも非常に重要なことを知っていただきたい。我々は自転車を走らせるのである、これはオートバイや車を走らせるのといわば同じ感覚を持ち合わせなければならない。そのテクニックを持っているのが一流選手の証だ、彼らはどんな自転車に乗ってもその車体の走らせ方を熟知している傾向がある。
このあたりも機会があれば「二輪車の走らせ方」という切り口から纏めてみたい。
ケルビムフロントエンドの意味と凄さ
我々もフロントフォークに関する様々なパーツを製作している。
クラウンやフロントエンドであるが少々そのこだわりを書かせていただこう。
・角度を付けた
従来のフロントエンドは製作時に角度を付けなければならないということがあった。少なからずエンド自体にダメージを与え強度も低下する。
そこで最初からフロントエンドに角度を付けるということとした。
あたり前に思うかも知れないが、これが世界中どこにもないのだ。
理由としては金型が左右2つ必要という事で生産コストの面から誰もそんな面倒な物は作らないのである。
・パイプを出来るだけ長く
フォークチューブの長さを出来るだけ出せる様に非常にコンパクトな設計とし他社と比べ5mm以上のコンパクト化を図っている。
・オフセットを2mm付けた
昨今はロードでも硬めのフォークが好まれる傾向がある。
元々エンド側にオフセットを付ける事によって撓みを極力減らす試みであり、結果新たな美しい自転車のシルエットも見えてきた。
・内側にオフセット
フォークは空力の関係から全面投影面積を減らす事が望ましい。
左右同じ金型では実現しない構造だが経費度外視の金型製作により、左右異なるデザインが可能のために内側にオフセットして作ることが実現できた。
僅かではあるが、確実に剛性感や空力性は上がるであろう。
ベントかストレートか
ベントフォークかストレートフォークか?
炭素繊維全盛のフォーク形状はほぼストレートとなってしまっており少々残念な現状であり乗り味の幅を狭めてしまっているのは事実であり、その結果太いタイヤでショックを和らげるという打開策も伺える。
クロモリフォークでの使い分けとしては、地面とのダイレクト感(前荷重となった場合の沈み込み)の好みで使い分ける傾向にある。
クロモリ全盛時代はレースにコルナゴ社が持ち込んだ事でも話題となった。
近年では保守的というイメージのあるコルナゴ社であるがスチール時代は色々と尖った仕様を実験的に行なっており非常に刺激を受けた。勘違いされる方も多くいるかもしれないが、(ストレートとは言っても設計上のオフセットはしっかりと確保されており形状の差である)当然アールが付いているベントフォークの方が沈み込みがある為にクッション性は抜群にあるが、瞬時のダッシュなどの遅れを防ぐ為に近年競輪界では、より曲がりの少ないフォークが好まれている傾向もある。こちらはトレール優先理論が絶対ではないという典型だろう。
こちらの設計がバチりと決まると、自転車は氷の上を滑る様な走りとフィーリングを得られる。
また、先に行く程に細くなるのもスティールフォークの特徴だろう。
カッコイイからそうなっているのではなく、最も軽くそして強く、そして自転車のサスペンションとして機能している為である、これはシートステー等にも言えることだが200年と言うレーサー自転車の歴史から成り立っている優れた形状だ。
余談だが太さの変わるパイプの事をテーパー管と言うが製造には非常に手間のかかる作業で更に等厚(肉厚が全て同じ)となると更に手間はかかる。
探してみると自転車に使われる程に精度が高く強く軽いパイプは存在しない。
そんなパイプを多くの材質から選べるというのは我々自転車職人は非常に恵まれて贅沢な状況であると言えよう(もちろんライダーも)。
炭素繊維のフォークでは殆どがストレート形状(更には太い)を採用してるのを不思議と思う方もいるかもしれない。これは物を作る上での絶対条件の一つ、永久変形(壊れない)への対策と言えよう。弾性変形(バネ感)に劣る炭素素材の宿命といえなるべく変形しない形状にせざるを得ない選択であろう。
ベントフォークにしクロモリと同じ外径にしてしまうと非常に柔らかく寿命の短いフォークになってしまう。
美しい物は優れている。
私は自転車フレームのフォークとシートステーに「美」を憶える。
優雅な曲線を描き、先端に行く程に細くなり、有機的な乗り物とさえ錯覚するフォルムだ。
当然アールには拘りを持っている。
フィボナッチ数列からなる曲線をフォーク曲げのデザインに取り入れ治具を製作した。
性能的にも理にかなっているというのもあるが、大きな理由は美しいからかも知れない。
オウムガイや向日葵の種など自然界のアールで数学的な視点からもピタリと一致するから面白い。我々は他にも自然を手本に様々な工作を行う。
例えば、木の枝が先に行く程に太くなっていたらどうだろう? 当然不恰好と思うと同時にあっという間に折れてしまい機能的にも全く成立しないだろう。
実際どんな自転車を選び何が正解なのか? 私自身、膨大なフレームを設計してきても迷う事は常だ。
藁をも掴む思いで文献や専門家、選手の意見を必要とする場面もある。
性能は前にも述べた様に複雑で明確な答えを示してはくれない、それに加え「コマーシャリズム」や「勝敗」「フィーリング」など私自身研究すればする程に曖昧な議論を進めている場面もあり判断基準は難しい。
しかし究極的に物事を極めた人間から声を揃えて聞く言葉がある。
それは「美しい方を選ぶ」である。これならみなさんもきっと簡単なのでは?
何を拠り所に性能を見極めるべきか? それはその行為や会社、ストーリー、物、設計を見て自身が美しいと思うか否かとなるのかも知れない。美的感覚は人それぞれで構わない、極めて新しいフェイズに聞こえるが極めて原始的な判断基準だ。
付け加えるが、これは私が究極的に物事と向き合い悩んだ末に決定する時の判断基準だ。
勝負師であり研究者でもある将棋界の第一人者、羽生善治九段の言葉を引用しよう。
洗練されるとはどういうことか。それは、無駄をなくすること。完全に無駄がなくならないと絶対に美しくはなりません。美しい手を指す、美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う。
勝負のクライマックスでさえ、羽生名人は、美しい手を指すことが結果として最善であり手っ取り早いと言っているのだ。芸術と科学は必ず繋がっている。
この連載は中島編集長の「ゆるぎない美しさのクロモリベントフォークに付いて纏めて欲しい」との言葉から執筆している。
しかし、氏は感覚的に既に「答え」を見つけ出していると思わざるを得ない。