再び日本人を欧州に戻すために チームユーラシア-iRCタイヤの取り組み【前編】

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Voortkapel-Westerloのスタート前の写真

Voortkapel-Westerloのスタート前の写真。 左から田島綾人、風間大和、安川尚吾(2022全日本選手権10位)、辻洸之介(2022全日本選手権優勝)、相田洸太郎

ベルギーを拠点に、若手選手の育成やレース参加のサポートを行うチームユーラシア-iRCタイヤが、2022年の夏休み、サイクリングアカデミーを再開させた。

2015年以降、同活動はロードレースの本場、ヨーロッパで研鑽を積みたいと願う男子U17・U19の選手を毎夏受け入れてきた。今年アンダー23日本代表として世界選手権を走った留目夕陽や、ジュニア時代から代表転戦経験の多い津田悠義や福田圭晃など、現在の若手世代の軸となる選手の多くが、このアカデミーで欧州での「最初の一歩」を踏み出してきた。

しかし新型コロナウイルスの世界的パンデミックにより、2020年・2021年はアカデミー開催中止を余儀なくされた。

それどころか日本の自転車界全体がヨーロッパから遠ざかった。出入国に厳しい制限が設けられる中、たとえばジュニア日本代表は、2022年8月末のツール・ド・DMZ(韓国)まで海外派遣が実現できなかった。そもそもジュニアに関しては、2020年・2021年と2年連続で国内選手権さえ開催されていない。

いまだ感染症による危険や制約が、完全に消えてなくなったわけではない。それでも2年間の空白を経て、3年ぶりにサイクリングアカデミーは再開に漕ぎ着けた。「このままでは日本と世界の差はますます開いてしまう」という焦りと、「欧州に軸足を戻さなくてはいけない」という決意で、この夏、9人の中高生を受け入れた。

サイクリングアカデミーを主催するチームユーラシア-iRCタイヤ代表、橋川健氏に話を聞いた。

 

サイクリングアカデミー再開を決意

「2020年は、たしかに夏までは、レースは行われませんでした。でも、たとえばベルギーであれば、例年なら10月でシーズン終了となるところ、11月末までレース開催が許可された。だから秋にはジュニアレースがいくつも行われました。

去年2021年の夏になると、もはや欧州では普通にレースが行われてました。しかも、世界中がバケーションシーズンである8月に、ジュニアUCIステージレース(Aubel-Thimister-Stavelo)を見に行ったら、アメリカや南米のクラブチームがいくつも参加してた。その時に強く思いました。タイムトライアル機材さえ揃えられないようなそんな南米の選手たちが、こうして欧州に来て走っているというのに、僕たちはなにやってるんだ……。こんなんじゃダメだ、って。

 

スターサイクリングチーム

南米ベネズエラ籍のジュニア育成チームであるスターサイクリングチーム。2021年夏にはすでに欧州転戦を再開していた

 

もちろん、参加者がコロナになったらどうしよう、問題になったらどうしよう、とも悩みました。アカデミーは選手たちから参加費を頂いて開催するわけですから、責任問題が発生するかもしれない。そういうこと考えると、やっぱり、なかなか踏み出せないんですよ。でも、それじゃあ、いつまでたっても再開できない。僕ら大人たちがビビってるうちに、日本と世界の差がますます開いていってしまう。

4月にエントリーを募集した際には、20人以上から問い合わせをもらいました。コロナ前に『将来は欧州で走りたいんです、来年アカデミーに参加させてください』って言ってくれていた当時アンダー15の選手も、募集開始した当日に、真っ先に申し込みしてくれました。あぁ、やっぱり、待っていてくれた人はいた……と嬉しくなりました。

最終的な参加者は9名です。やはり渡欧自体のハードルが高かったですね。当時はベルギー入国にワクチン接種証明や事前のPCR検査が義務付けられてましたし、入国後には政府への書類提出や位置確認情報の登録も必要でした。僕が手伝える部分もありますが、選手本人がやらなくてはならない手続きも多かった。しかも募集の時点では、日本帰国後に2週間の自宅隔離もあり、すると学校を休まなきゃならない可能性もある。もろもろの敷居をクリアできたのは、約半数しかいませんでした。

最終的に参加を決めた選手たちは、相当な覚悟で臨んでくれたと思ってます。もちろん日々気をつけていましたが、コロナ陽性者も3人出てしまいました。日本を出発時点ですでに感染していた選手がいて、そこから感染したものと思われます。ただ、それ以上は感染を拡大することもなく、乗り切ることができました」

 

レースや出国帰国のスケジュール等々

レースや出国帰国のスケジュール等々

 

失われた2年を取り戻す

「たとえば去年のツアー・オブ・九州(ジュニアのステージレース)で区間優勝した篠島瑠樹は、U17時代にベルギーで数レース走っています。でも、その後2年間は、コロナ禍のせいで来られなかった。つまり今年、Team NIPPOのU19育成プロジェクトで、3年ぶりに欧州のレースを走ったんですね。ああ、この失われた2年間に、篠島がベルギーに来られてたらなぁ……とは思います。2020年と2021年で2年間の経験を積み重ねていれば、今年はもっと違う走りができていたかもしれない。

コロナさえなければ、ナショナルチームでもっと欧州転戦できていたであろうU23の選手たちについても、同じように残念です。留目夕陽もサイクリングアカデミーに来ていましたが、1年半の空白の後、去年はいきなりヨーロッパ初戦がツール・ド・ラヴニールでしたから。

この夏のサイクリングアカデミーは、参加者全員がヨーロッパ1年生でした。いつもなら、すでに欧州経験のある選手たちが、若い選手に行動や結果でお手本を示してくれます。それを見ることで、1年目の選手も『僕にもできる!』となってきた。しかも1年目にはすぐに千切れていたような選手が、2年目、3年目と経験を重ねることによって、どんどん強くなっていく。結果を出せるようになっていく。

そういう好循環が続いていましたし、例年ならばアカデミー滞在中にトップ3に入る選手が必ずいました。優勝する選手だっていましたよ。でも今年は40レース前後参加して、成績1桁台は1回だけ。U17やジュニアの年代なら、日本のトップクラスであれば十分に欧州で通用すると考えていたので、今年も行けると考えていたんですけど、実際にはなかなか入賞ができなくて……。

再び振り出しに戻ってしまった感覚です。でも、今年の選手たちが2年目、3年目、とヨーロッパでの経験を重ねていくうちに、必ず成績が出せるようになるはずです。今年を再スタート地点として、ここからどんどん良くなっていくと期待してます」

 

アタックする度胸をつける

「コロナ中に日本でのレース数が減ったことも、今年の選手たちが苦戦した原因のひとつかもしれません。たとえばU17の辻洸之介は、全日本選手権で優勝したほどの選手ですから、決して身体的には劣ってはいない。ただ経験が少なかった。集団の中の位置取り、レースの組み立て方、どこでアタックが決まるのか、ここは待つべきか、いや、とにかくアタックして逃げを決めよう……。こういった判断は、やはりレースで実際に経験していかなければ培われていかないものです。

なによりアタックすることに対して、みんなすごくびびってましたね。だから滞在も終わりに近づいた頃に、『今日のレース中、コーナーの立ち上がりで脚がいっぱいになったこと何回あった?』って聞いてみた。そしたら、選手たちは、みんな『20回』とか『30回』と言うわけですよ。『じゃあそのうち5回くらいは、アタックしてオールアウトになるまで踏んでも同じことじゃない?どうせ苦しむんだったら、攻めて脚を使って苦しんでみようよ』って声をかけた。

そしたら、次のレースで安川尚吾は『ペースが緩んだタイミングで毎回アタックしました!』って。その日は結果こそ出ませんでしたが、千切れずにちゃんと集団でゴールできた。なにより次のレースで7位入賞したんです。

 

アタックする安川尚吾

安川尚吾

 

辻もいいアタックを打ちました。しかも、そのアタックに対して、レースで3連勝中の強豪選手が単独で追いついてきた。残念ながら辻自身は1周回で千切れましたが、相手はそのまま1人で延々30分くらい逃げ続けました。さらには後方から追走が4人くらい追いついてきて、最終的には5人で勝負を争った。で、勝ったのは、例の辻に反応した強豪です。本人は『力不足でした』と嘆いていましたが、でも、辻の動き自体は大正解だった。強豪が反応するようなアタックを打ち、勝ちにつながる逃げを作ったんです。

 

アタックする辻洸之介

辻洸之介

 

たとえ日本国内であっても、積極的なレースを繰り返し走ることで、経験は十分に得られるはずです。だから選手たちには『日本に帰ってからも、こういったアグレッシブな走りを増やしていこう』と話しました。

嬉しかったのは、帰国後に埼玉で行われた秩父宮杯・高校上級の部で、アカデミーに来ていた2選手が逃げに乗ったこと。しかも最後まで逃げ切って、辻が2位に入った。風間大和はJユースツアー、南魚沼ロードレース経済産業大臣旗で独走で優勝。欧州で7位に入った安川も、Jユースツアーの舞洲クリテリウムで逃げに加わり優勝しました。選手たちの意識が変わり、日本に帰ってからも、攻撃的なレースをしてくれた。若い選手たちに伝えていくことが本当に大切なのだ、と改めて思いましたね」

 

後編に続く