-SRM本社訪問-世界で初めてパワーメーターを開発した企業とは?
目次
1986年にウーリが開発した初代パワーメーター。右上にひずみゲージが見える
近年はシリアスなサイクリストだけでなく、バーチャル・サイクリング愛好者やストラバ愛好者にも人気のパワーメーター。そのパワーメーターを世界で初めて開発・販売した「SRM社」をピークス・コーチング・グループの中田尚志さんが訪ねた。
SRMの歴史はパワーメーターの歴史
元祖自転車用パワーメーターといえば? と聞けば誰もがSRMの名前を挙げるだろう。SRMはドイツ・ケルン郊外の街ユーリッヒに拠点を置く36年の歴史を持つ企業だ。
1986年、ここで生まれたパワーメーターは、後にサイクリング界に革命を起こす。
エルゴメーターを屋外へ
創業者のウーリ・ショーバラーはエンジニアの博士号を持つ。熱心なサイクリストでもあった彼は、ライダーの身体能力を測る室内エルゴメーターを実走する自転車に取り付けることが出来ないかと考えた。それにより走行中のパフォーマンスを計測し、必要とされる能力やトレーニングを導き出すことが出来るからだ。
パワー=トルク×スピード
パワーを知るにはトルクとスピードの2つを計測する必要がある。トルクを計測するのは、ひずみゲージ。金属は力がかかると電気抵抗が変化する。その特性を活かしてトルクを測る。
スピード(角速度)を測るのはマグネットを使ったセンサー、もしくは加速度センサー。これによりクランクが動く速度を計測する。これらの数値を掛け合わせることでパワーを計測する。
1986年、ウーリは手持ちのクランクにひずみゲージを溶接し、カシオの電卓を改造してヘッドユニットを自作し、世界で初めてパワーメーターの製作に成功した。
プロのレースを変える
1988年、製品化に成功したウーリのアイデアは、各国コーチの目に留まる。まずはドイツ・ナショナルチームがチーム・タイムトライアルの強化に採用。先頭を引く走者と空気抵抗の少ない後方で休む走者のパワーの違いを計測することが出来たのは当時画期的だった。
続いてツール・ド・フランスの勝者グレッグ・レモンやビヤルネ・リースが使用。プロ選手の強化に使用されるようになる。
走行中のパフォーマンスを計測できるようになったことで、トレーニングメソッドは大幅に進化した。
更にパワーメーターはレースの戦術にも影響を与えた。大きな峠で逃げを追う際にFTPを超えないように集団をペーシングするようになったのだ。それにより最後の勝負どころまでアシストを残し、エースは足を温存できるようになった。それまでは経験と勘に頼っていたペーシングが数値化されたわけだ。
パワーメーターでのペーシングについて語る2013年ブエルタ総合優勝者のクリス・ホーナー
当初は”レースをつまらなくする厄介者”、 “UCI重量規制をクリアする為のウエイト”と批判されたパワーメーターだが、2010年代初めにはツール・ド・フランス出場者のうち、実に120人もの選手がSRMを採用し、その存在意義を確固たる物にした。
パワーメーターは第2世代へ
開発当初はプロ選手の強化ツールとして注目されたパワーメーターだが、ANT+による無線通信やヘッドユニットの進化も手伝い、広くアマチュアにも浸透していった。更に2015年に登場したZwift(ズイフト)を始めとするバーチャルサイクリングに欠かせない存在となったことで、普及率は一気に上がった。
パワーメーターは強化ツールとしてだけでなく、サイクリングを楽しむためのツールに変化したわけだ。
SRMが描く世界
メディア・マーケティング担当のミシャエル・ショルツ氏は語る。「我々には他社に比べて15年ものアドバンテージがある。自転車だけでなくハンドサイクル、ヨットのウインチのパワーメーターも製作してきた。そのノウハウが製品づくりに活かされている」。
「パワーメーターに要求されるもの。それは計測精度・耐久性からくる信頼性だ。我々の製品は+/-1%の精度でパワーを計測できる。
市場にはコストを優先し、安価で計測精度の低い製品も存在する。我々はそういった製品も歓迎している。人々がパワーメーターに親しむ入り口になるからだ。
そして、本当に正確なパワーメーター欲しくなった時、人々はSRMを見つけるだろう。
SRMはクランクの交換も可能だし全てのサイズのBBにも対応している。さらに修理をすることも可能だ。ユーザーは信頼性の高いパワーメーターをずっと使い続けることが出来る。質実剛健。高い信頼性。長持ち。そう、我々が提供するものはジャーマン・エンジニアリングそのものだ」。
まさにSRMの歴史はパワーメーターの歴史。10年ほど前は、プロ選手といえばSRMを使用していた。しかし、近年は大手メーカーがパワーメーターを製品化し、プロのスポンサーからは締め出されている。さらにはマーケットがレッドオーシャン化し、精度よりも価格が優先されている。
そのような中でも、今なおSRMの人気は高く、個人的にトレーニングバイクに取り付ける選手も多いという。質実剛健。強いこだわりを持って製作されるパワーメーター。こういった尖ったメーカーの存在はパワーメーター市場を語る上で欠かせない。
中田尚志
ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。日本とアメリカの自転車文化に詳しい。