2022XCO全日本選手権、雨の五輪レガシーコースが生んだチャンピオンたち
目次
- 1. 雨の五輪レガシーレースに男子エリート平林が圧倒的勝利、女子エリートは末政、混走女子U23で小林が苦痛の最速勝利
- 2. 女子レース、クラスを超えた五輪コースでの直接最速対決に期待
- 3. 絶好調のU23小林を襲う不運、圧倒的な力差で勝利もレース後に号泣
- 4. 背骨骨折から完全復活の男子・平林、誰しもが讃える走りでエリート初タイトル
- 5. 先行するエリート選手たちの抜き方で工夫、U23は副島が着実な走りで勝利
- 6. 男子ジュニアは高橋と嶋﨑の一騎討ち、制したのは高橋
- 7. 2022全日本XCO雑感:五輪レガシーは間違いなく芽吹いている
- 8. 第35回全日本自転車競技選手権 マウンテンバイク クロスカントリーリザルト
圧倒的な速さで悪条件を物ともせず初全日本タイトルを掴んだ平林安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM)
雨の五輪レガシーレースに男子エリート平林が圧倒的勝利、女子エリートは末政、混走女子U23で小林が苦痛の最速勝利
2022年マウンテンバイクXCO全日本選手権が11月20日、静岡県伊豆市の伊豆MTBコースにて開催され、男子エリートで平林安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM)が、女子エリートで末政実緒(SANTA CRUZ/ヨツバサイクル)が共に独走で勝利した。東京2020五輪が開催されたコースは、女子スタート直前に降り出した雨で大幅な悪状況の中、U23と混走になった女子レースでは、U23の小林あか里(弱虫ペダルサイクリングチーム)が独走で総合1位だった。
序盤に転倒し負傷、フィニッシュ後にはそのまま病院に行くほどの怪我のまま走るU23小林あか里(弱虫ペダルサイクリングチーム)
女子レース、クラスを超えた五輪コースでの直接最速対決に期待
昨年に続き11月の開催となった本年度のマウンテンバイク全日本選手権XCO(クロスカントリー・オリンピック)。レース当日は雨予報ではあったが、午前中までは天候はもち、男女エリート・U23以外のクラスはすべてドライコンディションで走りきった。雨は女子レーススタート直前にぽつぽつ降り始め、スタート時には本降りとなった。コースの岩は濡れて滑りやすくなり、土の登りは泥斜面となって乗れたものではなくなった。
エリートとU23とが混走する女子レース、観戦の大きな一点の興味があった。伝説のライド技術を持つダウンヒルライダー末政実緒(SANTA CRUZ/ヨツバサイクル)と現在ワールドカップに日本から参戦する、U23小林あか里との、クラスは違えど直接の対決である。
末政はすでに女子エリートXCOタイトルを3度獲得している。しかしそれ以上に彼女は、MTBダウンヒル種目でワールドカップの表彰台に乗った、今も日本随一の走行技術の持ち主だ。本格世界ダウンヒル転戦を引退し、本格的な練習はほぼ積んでいないというが、彼女のライド技術を、ぜひこの五輪コースで見てみたいと考えたレースファンも多かった。「直前まですごく悩んでいたんですけど、みんなのその声に応える形で」とのは、レース前も後も末政が変わらず述べたコメントだ。
女子スタート時には雨は本降りに、気温も急激に下がっていった
そして小林は今年、U23のXCOアジアタイトルを獲得し、その2日後にはロードレースでも女子U23全日本タイトルを獲得している。3年前よりワールドカップへの参戦を続け、今の世界の技術と速さを身につける。1ヶ月前に行われた『ジャパンMTBカップ』でも、五輪5位の選手に次ぐ3位。日本初の女子MTBオリンピアン(アトランタ1994女子23位)、小林可奈子氏の娘でもある。
末政と小林は、伝説の技術と最新の走りとはどちらが速いのか。スタートダッシュは松本 璃奈(RIDE MASHUN SPECIALIZED)が引くする形で、選手たちはスタートループへと入る。
『浄蓮の滝』セクションをオリンピックラインで下る末政。そのライドテクはやはり危なげなくピカイチだった
絶好調のU23小林を襲う不運、圧倒的な力差で勝利もレース後に号泣
二人の勝敗の行方は、スタートループを終えたところでおおよそ見えた。滑りやすい最初の上り、滑りながらまさに団子の選手たちから一人抜け出したのは小林だった。その後一周目前半にして圧倒的な差をつけた小林は、世界で磨いた鋭いライン取りを見せる。着実に後方との差を開きながら、雨の中走る小林の手足は軽やかに伸び、フィードゾーンで上から見た彼女の背中は、なんだか楽しそうだった。
しかしその直後に不運が起きた。高度な下り技術が必要な『枯山水』で小林はスリップ、その先にあった何か壁のようなものに当たってしまった。その後再び走り出したが、先ほどと同じ背中ではなかった。顔を見ると口から血が流れている。走行中、「歯がない」と言ったとも聞いた。
転倒直後、濡れ始めでむしろ滑りやすかった石にタイヤがとらわれ、不運なことにその目の前に何かがあった
しかし小林は走り続けた。フィニッシュまであと2周。その後転倒は確認できなく、その走りの速さに衰えはあまり見えなかった。事実2位の、その高い技術でオリンピックラインを走る末政であったが小林との差は7分以上に開いていく。
口から血を流して走る小林を、今日のレーススタッフでもあった小林の母・可奈子氏は持ち場でレースの安全確保業務をこなしながら遠くから見ていた。「これもレースだから」と走る小林を見ながら母は言う。「でも母親として……」言葉を止めて業務に戻った。
小林のフィニッシュ。この笑顔の中には一体どんな気持ちがあったのだろう
小林はそのまま独走でフィニッシュし、今期3つ目となるU23のタイトルを獲得した。フィニッシュエリアにそのまま小林は座り込んで呆然としている。そこに持ち場を離れた母が駆け寄り背中を抱く。ここで小林は号泣した。「痛いー!」言葉通りに泣き叫ぶ娘を母は確かな言葉で慰めながら小林は病院に向かう。
そして11分後に末政がフィニッシュ。女子エリートとしてのタイトルを獲得した。一同が期待したレースは、想定内ではあったが、切ない気持ちの結末となった。これもレース。オリンピアンでもある母の言葉が、重く染みる。
背骨骨折から完全復活の男子・平林、誰しもが讃える走りでエリート初タイトル
雨も本降りに、周回数は1周縮められ5周となった男子エリートのスタート
ちょうど一年前、平林安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM)は背骨を折って入院していた。昨年のXCE全日本レースでのジャンプで転倒。回復までにこの2022年シーズンを費やした。
男子レースのスタートの混乱からあっという間に平林は一人抜け出し独走態勢を作り出す。2位に北林 力(Athlete Farm SPECIALIZED)、竹内 遼(FUKAYA RACING)と続き、宮津 旭(PAXPROJECT)、山本幸平(Athlete Farm SPECIALIZED)とそれを追う。女子レースから降り続く雨はますます大粒となり、コース上を川のように流れていく。ドライデーで楽しかったコースは一変し、危険度を増したコースとなった。オリンピックに出場した選手もこのコンディションでは誰も走っていない。
2位で攻め尽くした北林力(Athlete Farm SPECIALIZED)
ほどなくして竹内が転倒、レースを降りた。3位に後方から宮津が浮上。それを山本が周を追うにつれじわじわと追い詰めていく形だ。トップを走る平林。特有の腰高で上体を伏せた姿勢でラインを狙っていく。滑る岩が続く『枯山水』セクションを全周回通して乗って下っているのは平林だけだった。宮津を抜き3位に浮上した、このコースを誰よりも走り込んできた山本ですら、ここを押して降りていた。
11月中旬の低い気温と強い雨。厳しい条件が重なり、選手たちは低体温症と集中力の低下を戦っていた。個人の消耗戦だった。2位を走る北林は食らいついていくも、平林は高い技術と速さで差を開いていく。自身のエリートクラス初の全日本チャンピオンを平林は、世界最高峰コースでの独走勝利で獲得した。
軽やかというよりパワフルに、そして鋭く。この日の平林の走りは、新たなるチャンピオンにふさわしい走りだった
先行するエリート選手たちの抜き方で工夫、U23は副島が着実な走りで勝利
着実に強さを増して成長を続けた副島、U23クラスに上がっても連続タイトル獲得
男子U23は大学生選手が躍動、男子エリートに5分遅れての混走となり、スタートからコースはすでに荒れる。その混沌から、昨年のジュニア勝者である副島達海(大阪産業大学 )がタイミングを見て前に出る。
先頭とはいえ前方には男子エリートクラスの選手たちがいる。副島はその先行選手たちを、「自分が乗れるよりも早めに降りて、着実に前の選手を抜いて行きました」(副島)。その戦略が功を弄したか終始2位をつけた松本一成(RIDE MASHUN SPECIALIZED)に2分以上の差をつけてフィニッシュ、年齢別クラスを跨いだ2年連続ナショナルジャージ獲得となった。
男子ジュニアは高橋と嶋﨑の一騎討ち、制したのは高橋
男子ジュニアの戦いは熱い。豊作だと言われている。エリート・U23クラスに先駆けて行われたレースもそうだった。アジアXCOジュニアチャンプを獲得、先のジャパンMTBカップ優勝にXCCでのエリートに混じって表彰台に立った高橋翔(TeensMAP)、そしてXCEでの表彰台に登った嶋﨑亮我(Fine Nova LAB)はトライアル出身。その巧みなバイクコントロール技術で難コースを攻める。
序盤は先行する嶋﨑。しかし、背後にピタリと高橋
嶋﨑が先に出た。「いつも(高橋)翔に先行されて逃げ切りが多かったので、パターンを封じるために先に出ようと思いました」。全4周の3周目まで、嶋﨑が先頭、後ろにピタリと高橋がついていた。それが嶋﨑のミスで高橋が動き、中盤ストレートで一気に抜き去る。そのまま大きく差をつけるかと思われるも、嶋﨑は最後まで喰らいつき、それでも高橋が14秒差でトップフィニッシュ。昨年のユースクラス勝利に続く連続タイトルを獲得した。
デッドヒートを展開した二人
2022全日本XCO雑感:五輪レガシーは間違いなく芽吹いている
11月中旬という、レースシーズンが終了している時期の全日本レース開催は、確かに昨年度もコロナ禍のせいでそうだったが、今後は『正常化』を要する点だ。ただ結果として今年の全日本選手権は、マウンテンバイクの五輪レガシーを肌で感じられた大会となった。
男子ではエリートの年齢になったばかりの平林が最速の技術を、女子ではU23の小林が、走りはもちろん切ないほどのメンタルの強さも示した。そして男子U23では劇的な大学生バトルからの新星、副島の台頭。すでに来季の話も聞こえる男子ジュニア高橋を筆頭とした高2選手たちの加速と気迫。若さを世界への挑戦に費やし、一喜一憂する彼らの姿を見てみたいとも思わせる。
難攻不落とも思えた、そして今も世界中のMTBライダーがそう思うはずのオリンピックの伊豆M TBコースを参加した日本の選手たちは走り切った。練習の1周目は撫でるように、そして3周目からは豪胆に攻めていった。走りのレベルが上がっていくのが目に見えた。
ジュニアの選手は誰も、オリンピックライン以外を走っていなかった。中学生であるユースクラスの参加数は男子25人、女子は8人。共にジュニアの参加人数より多かった。彼らもこのオリンピックコースを、楽しそうに何周も走り切った。エリート出走まで雨が降らず本当に良かった。全日本だからと書く側なのを心底悔やんだ。来年もぜひ、この伊豆MTBコースでレースを開催して欲しい。
そして小林は帰り道、母に「レース続けるの?」と聞かれて「これからだから」と答えたそうだ。これからである。マウンテンバイクの五輪レガシーは間違いなく芽吹いている。育てるのは僕たちだ。
第35回全日本自転車競技選手権 マウンテンバイク クロスカントリーリザルト
開催日:2022年11月19〜20日
場所:静岡県伊豆市・サイクルスポーツセンター伊豆MTBコース
- 男子エリート
1位 平林 安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM)1:18:55.55
2位 北林 力(Athlete Farm SPECIALIZED)1:23:13.08
3位 山本 幸平(Athlete Farm SPECIALIZED)1:28:22.53
- 女子エリート
1位 末政 実緒(SANTA CRUZ/ヨツバサイクル)1:28:34.56
2位 橋口 陽子(AXteam elite)1:32:32.29
3位 平田 千枝(Club La.sista Offroad Team)-1Lap
- 男子U23
1位 副島 達海(大阪産業大学)1:08:17.63
2位 松本 一成(RIDE MASHUN SPECIALIZED)1:10:30.11
3位 村上 功太郎(松山大学)1:11:53.45
- 女子U23
1 小林 あか里(弱虫ペダルサイクリングチーム)1:17:52.86
2 松本 璃奈(RIDE MASHUN SPECIALIZED)1:36:48.28
3 浜下 玲音(TEAM BG8)-1Lap
- 男子ジュニア
1 高橋 翔(TeensMAP)52:47.54
2 嶋﨑 亮我(Fine Nova LAB)53:01.26
3 柚木 伸元(ProRide)54:34.98
他クラスの主要リザルトは下記URLにて