中根英登ロングインタビュー 追い続けた飽くなき強さ part2

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中根英登ロングインタビュー2

2022ジャパンカップクリテリウムのレース前に元チームメイトの中島康晴とポーズをとる中根

あくまでもプロフェッショナルにこだわった現実主義者が引退を決めた理由、そしてヨーロッパで走り続けた6年間で見てきたものは。
 

考え直す時間と見えなくなった成長幅

ワールドチーム2年目。中根は、2022年1月のチームキャンプを経てシーズン初戦となった2月のスペインでのワンデーレース3連戦で好感触をつかむと、チームからも評価され、リザーブにも入っていなかったストラーデ・ビアンケのメンバーに選ばれた。
 
しかしレースを前にしてインフルエンザを発症。3カ月後に原因が発覚することとなるが、その時点でEBウイルスとの合併症を引き起こしていた。発熱と脚の痛みなどでトレーニングどころか日常生活すらままならない原因不明の体調不良に苦しむ期間と、徐々に復調していく期間とをここから8月頃まで繰り返すこととなってしまう。
 
「言い訳にしたくはない」と中根は何度も口にしたが、EBウイルス感染で失ったこの期間はあまりにも大きいものだった。一方で考え直すきっかけになったとも中根は話す。
 
「ストップしていた時間が長くて、自分はじゃあ次に何を目標にしてやっていくのだろうかっていうときに、やりきった感があったのかもしれないです。ももちろんレベルアップすればするほど、自分の伸び率は見えづらくなってくるし、本当に一歩進んだかどうかという感覚でスローになってくるのは当然なんですけど……。
 
頭打ちになってるのかなという感じは薄々していたんです。例えばグランツールに出たときに、自分はそこで何ができるんだとか、あまりいいイメージを思い描けなかった。もちろんそこを目標にしていたし、そこに行くのにはチーム内のセレクションを勝ち抜かなきゃいけないし、8人に選ばれるのに、この人たちの上を行かなきゃいけないんだよなっていうところで、この2年、僕はこの部分は絶対勝てるんだという自信がなかなか見いだせなかったというのもあるかもしれないです。
 
もちろんステップアップしていって自信がついていったこともありますけど、アシストとしても自分の限界はここなのかなというのをやっぱり感じることが多かったのも事実。だから引退を考えることになったのかなと思います。
 
僕には時間が足りていないと思ったし、もっと強くなるにはもっと成長速度を上げなきゃいけないはずなんだけど、その速度が鈍ってきていたのに加えて、病気を言い訳にしたくないんですが、そこでストップしちゃって。ただでさえ、さらにレベルアップさせなきゃそこには残れないのに、そこでストップしてしまったというのは……。この半年の時間はものすごく大きな時間でした。
 
元々リードしている立場でいれば、まだ余裕はあったかもしれないけど、そうじゃないので。常に追いかけ続けていた方だから。そこで止まったのが、次を考えるきっかけにもなりましたよね。100%でできなくなっていた自分もいたから、そこも自分の中で自分を許せなかったところでもあります。
 
自分に伸びしろが見えていたらやるべきだったし、どんな形であれ続ける選択もあったと思うけど、あんまりそこが見えなかったです。(病気が快方に向かって)自転車に乗り始め、体もなんとか元に戻ったけど、まず自分の最大限に戻して、そこから先、どれだけ伸びるかというところであまりイメージが湧かなかったんです。
 
あぁ、ここまでだったかという感じですかね。やることはやって、できることは全部やり尽くした結果、成長幅がやっぱり自分の中で許せる成長幅じゃなかった」
 

夢を噛み砕いた目標設定

中根英登ロングインタビュー2
 
近年では走っていても、若手選手たちの活躍に喜びであったり賞賛であったりの思いも強くなってきていたという。
 
「留目(夕陽)とか門田(祐輔)とかがすごい頑張ってきていて、岡(篤志)も来年デヴェロップメントチームではなくなってしまうけど、今年さらに成長していました。自分が成績出すよりも、その子たちの成長を見てるほうが、すごいな、やるなみたいなっていう気持ちになったんですよね。だからそういう面でも自分は第一線でやってく選手としては、メンタリティが変わってきてるかなというのがありました。
そういう子達がこうやってどんどん上に来てくれるのはすごくいいことですし、本当は彼らが来るまで踏ん張りたかったけど……、ちょっと踏ん張りきれなかった。
もちろん若くて強い選手がいたらそっちを取るし、強くあり続けなければ。当然、それがプロスポーツの世界。僕はやっぱり今年はそれができなかったです。理由が何であろうと」
 
自らもステップアップのきっかけとなったNIPPOの取り組みだが、若い選手たちにはそういった環境をどんどん活用して欲しいと中根は語る。
 
僕の場合は、タイミング良く日本企業のNIPPOが上のカテゴリーでチャレンジする道筋を作ってくれたからステップアップできましたけど、むしろ今は、EF・NIPPOというデヴェロップメントチームがあって、より世界へのルートが明確になっています。トップチームと直接つながっているし、ミックスチームでワールドチームのメンバーと一緒に走れる機会もある。
 
NIPPOの今の取り組みは、ヨーロッパで戦うチャレンジを準備してくれているから、そこに少しでもチャレンジしたいと思うんだったら、その環境を貪欲に活用するべきだし、浅田(顕)さんや橋川(健)さんだって、ジュニア世代、アンダー世代の子たちをヨーロッパの同年代のアマチュアレースに連れていってくれるプログラムをやってるから、それだってどんどん活用するべきだと思います。
 
ただ、行ったところでその選手たちが忘れちゃいけないのが、そこで満足しちゃいけないこと。もちろん同年代のヨーロッパのレースだったり、プロケルメスだったりに出ると、もうそこで日本国内レースとの差がすごい大きいし、もちろん雰囲気も海外だから、そこに満足しちゃう人がいます。その上を目指して行ったつもりが、なぜかそこが終着点になっちゃってる子が多いんです。そこで自分を見失わずに、もっと強くならなきゃという気持ちは忘れずに持ってないといけないし、そこは満足するとこではないです。常にステップアップする状況を考えながらやらなきゃいけないです。
 
結局、選手個人個人の見てる部分がどこにあるかでだいぶ変わってしまうけど、そうやってヨーロッパと遠く離れた日本でやってる子たちに対して、浅田さんなり橋川さんなりNIPPOなり、そういうヨーロッパで走れる環境を与えてくれる場所があるんだから、それを活かしつつ、もちろんそこだって大変なことばっかりだけど、もう一歩そこで踏み込んでステップアップしていって欲しいですね」
 
中根自身、大きな夢を持って駆け上がった現役生活ではなかった。でも現実ばかり見てきたからこそ、夢を持つ若い選手たちへのアドバイスをこう語る。
 
「夢を追うのはとっても大事だけど、そのために何が必要かっていう、自分の手の届くか届かないかの目標にまで噛み砕いてった方がいいです。ツールでステージ優勝したい、いいよ、その目標。じゃあその前に何をしなきゃいけない。ワールドチームかプロチームに入らなきゃいけない。そこに入るにはどうしたらいい。ヨーロッパのUCIレースで走って、UCIポイントを取ること。じゃあそれにはどうしたらいいんだって考える。
 
それで、手が届くか届かないかっていう目標を据えて、そこを見失わないようにやる。そうなると結局、”チームメイトに勝つこと”になると思いますよ。だって一番身近な目標ですから。誰々より強くなる、誰々より成績出すとか。じゃあそれを超えたら、次は誰々だとか、このレースでトップ3に入るとか。クリアしていったときに扉が開いてる。僕はそうでした。それは全部が全部、簡単に開いたわけじゃない。もちろん時間もかかりましたし」
 
また、現役引退の発表後、何人かの後輩からどうしたら上がっていけるかとアドバイスを求めるメッセージが来たという。
 
「この子たちには聞いただけで満足して欲しくない。きっと自分の中で答えがあるはずなんだけど、それの答え合わせをするために聞いてくれてるのかもしれない。そういうふうに使ってもらえるのであれば全然、いつでも答えるし、そういうふうに使ってもらえば僕もうれしいですね」
 

世界へのルートを現実に

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中根には、自身の経験を後輩たちに伝えたいという思いも強い。その面でもトップカテゴリーを2年間経験できたことは大きかったと話す。
 
「一番上を見られたことはまた違うし、トップチームの一員として走れたことはものすごく素晴らしい経験でした。その立場になってから見えるものと、ならずにそこの場所を見ているのではやっぱり大きな違いがあると思います。
そこに1人でも日本人が行けるように背中を押してあげたいし、指くわえて見てるだけじゃなくて、すげえ!って言ってるだけじゃなくて、『僕も行きたいです』って漠然と言うわけでなくて、ちゃんと自分が走れるか走れないかを判断しながらステップを踏んでいって、そこのステージでその景色を見てほしいです。
僕は、グランツールを走るっていう景色は見られなかったけど、ワールドチームの選手として走るという景色が見られたし、そこで何をしなきゃいけないか、どういうことが求められているか、どんな雰囲気でやってるのかというのは見られたと思います」
 
脚質だって体質だって環境だって、目的すらもそれぞれの選手によって異なるが、日本から世界へのルートの一つは間違いなく中根が示してくれたように思う。
振り返れば中根自身に対して、”たられば”で考えてしまうことはどうしてもある。
それでも純粋に誰よりも強くなりたいという思いは世界トップカテゴリーへと達した。一方で、プロの世界は継続する難しさの方が障壁が高いことも思い知らされた。
 
 
 
サッカーワールドカップで本田圭佑がアルゼンチンvs.クロアチア戦の解説で話していたことが印象的だった。
「日本のサッカー選手はイヴァン・ペリシッチみたいに運動神経が万能でめちゃくちゃは上手くないけど、プロの道で成功する道を探すべき。外れ値のリオネル・メッシやネイマールを見てみんな真似ようとするけど、外れ値なので真似する対象を間違えている」と。
 
ロードレースで言うならば、いきなりタデイ・ポガチャルやウァウト・ヴァンアールト、マテュー・ファンデルプールらを目指すようなものだろう。
たしかに憧れをきっかけに夢を持つことは大事だし、大きな原動力となり得る。だが、中根が言うようにその夢を現実的な目標に噛み砕いていかなければ、プロの道へは通じない。
 
「憧れ続けていてもいいけど、どうしたら彼らについていけるかとか、どうしたら倒せるかとか、そういう視点にならないと。プロ選手をやる以上、どこかで切り替えなきゃいけない。同じ土俵に立とうとするのであれば。これはカテゴリー関係なく、憧れで終わってほしくないというのは思います」
 
さまざまな苦悩を抱え続けた現実主義のクライマーが登り詰めたのはここまで。中根が拓いてきたこの道の先にさらなる未来があると信じて、今度は夢見る後輩たちに中根が通ってきたその景色や視点をぜひとも具体的に伝えていってほしい。世界を見て、現実を語れる日本人はまだ少ないのだから。
 
 
 
 
参考サイト:中根英登ブログ
https://ameblo.jp/hidetonakane/