【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第9回”タイヤのその重要性”
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ロードレーサーと一般車、何が違うのですか? と問われたことはないだろうか。
一般車は2万円前後出せば購入出来るが、ロードレーサーとなれば、100万円以上なんて、今では決して珍しいことではない。
どこに我々は対価を支払っているのでしょうか? あなたはその違いを明確に答えられるでしょうか? 軽さ、強さ、変速機? と答えても自転車に慣れ親しんでいない方にはどれも歯切れの悪い説明になってしまいます。私自身明確に断言出来る答えを持ち合わせていないのも事実。
しかし、近代自転車が大きく進歩した発明や分岐点はいくつか挙げることができる。主に「パイプの発明」「空気タイヤの発明」「ギヤシステムの発明」この3つと言ってもいいでしょう。パイプは剛性と軽さを手に入れ、ギヤシステムは人間のエネルギーを効率よく推進力に変えた。
そして車輪を中心とした自転車にとって、最も重要なパーツと言っていいタイヤの発明は、自転車の性能を文字通りに飛躍的に前進させた。その重役を担うタイヤについて考えてみたいと思う。しかし、物理的かつ理論的に紐解くのは、専門的な装置や場所、そして膨大な時間、そして私の能力では限界がある。目に見えあなたが感じる性能で構わない。シンプルに性能を考えてみよう。
現在のタイヤ状況と種類
ロードレース界では、様々な空気入りタイヤの規格が存在している。主に、チューブラー、チューブレス(チューブレスレディも含む)、クリンチャー、と三種類に分類される。それぞれの構造はご存知の方も多いと思う。まずは簡単にそれぞれの特徴を説明しよう。
チューブラータイヤ
チューブラーとは「管」という意味で(パイプのことをチューブということも多々ある)、文字通り一本の管構造をしている。馬車に使うために空気タイヤをスコットランドの技師ロバート・ウィリアム・トムソンが皮とゴムを使い180年前に発明したがその基本的構造が今も使われていることになる。(この構造を自転車に応用したのがジョン・ボイド・ダンロップで、皆さんにはこちらの方が馴染み深いかもしれない)
チューブレスタイヤ
その名の通り、チューブを必要としないタイヤ。1946年にBFグッドリッチタイヤカンパニーが伝統的な管状のインナーチューブのタイヤがパンクしたときに起こる急激な収縮の危険性を回避するために発明。タイヤ内の内圧を保持するためタイヤの内側に空気の保持層が存在する(チューブレスレディは保持層が無く、シーラントによって空気を保持する)。またリムとの密着性が必要なため、物によっては手作業では外すことが困難なくらいビード部分が強固に作られているのも特徴だ。車やモーターサイクルはこちらが主流。
クリンチャータイヤ
WO(ワイヤードオン)とも呼ばれ、通常の自転車に最も多く使われるタイプのタイヤ。リムとタイヤに包まれた空間の中に、空気が入るインナーチューブが入っている。つまりタイヤとインナーチューブは別体。パンクの際はインナーチューブを取り出して修理することが可能だ。実際にロードレース界で普及し始めたのは1980〜1990年代ぐらいだが、その特徴である二重構造の元となったタイヤは1890年代にミシュラン兄弟がパリ〜ブレスト〜パリで出場選手数人に使用させ、その交換性や性能を実証したという。
レース界の使用状況
欧州のプロロードレースの使用頻度は チューブラーとチューブレスが半々といったところだろう(まれにクリンチャーも使われることもあるが)。異なるタイヤ構造がこれだけ入り混じっている時代はかつてない。
なぜ、現在、明確に違いがあるタイヤが同じレースを走っているのか?
メーカー発表や不明確な意見に惑わされることなく考えていただきたい。ツールなどでも、チューブラーとチューブレスの使用率は半分といったところで、チューブレスが勝利を収めればニュースになるほどなので、主流となりつつあるチューブレスに圧倒的アドバンテージがあるとは言えない。しかしチューブレス化は進み、市販されるチューブラーリムや完組みホイールは入手困難な状況へとなっているのが現状である。
因みに余談ではあるが、最新のTTバイクやトライアスロン用の自転車などは28C以上の太いタイヤがついており、使用されているタイヤはTLRなどが多い。ただこれにはその競技特性が大きく関わってくる。
まず、トライアスロンはチーム戦ではなく個人の戦いであり、ドラフティングも認められていない。つまり瞬間的にスピードを上げるような瞬発力はいらないと言うことになる。TTもそうだが要は巡航速度をいかに上げられるかがポイントとなる競技だと言っていいだろう。
つまり自転車には、よりエアロ効果が求められるということになる(トライアスロンのバイクなどを見てみると、UCIルールの規定外なので、各メーカーエアロ効果を狙った思い切った形状のフレームを投入しているのを皆さん見たことがあるだろう)。
そうなってくると、ホイール(リム)もよりエアロ効果を狙える“超”ディープにしたいとなってくる。そのため、空気抵抗の軽減に最適な縦横比を考えると、リム高を伸ばしていけば、横にも広げなければいけなくなるということになってくる。
つまり、エアロ効果を得られるホイールが優先されていると言うことだ。そうなってくると、真円であるチューブラータイヤの場合、タイヤが横に広がればリムに嵌め込む曲面のRも深くなるので、タイヤ性能的にはあまり良い方向へ作用しなくなってしまう。そのため、リム幅が広くなってもある程度の性能を維持できるチューブレスが主流となっていると言えるだろう。
チューブラーVSチューブレス
ロードレースタイヤ界の雄「チューブラー」と「チューブレス」との比較をしていきたい。
ここでは、前述した様に眉唾な性能には触れることは避けたい。実際に速いとか遅いとかは、より感覚的な要素が多すぎるからだ。
ツールやジロで「どっちに勝利が多いか?」などはスポンサーの思惑が大部分を占めており、広告塔として走るのであるから当たり前だ。トッププロにスポンサーをする最も大きな理由を考えて欲しい。「売りたい物を選手に乗せれば売れるから」だけだ。よほどの差がない以上、選手はそれを乗る運命でありそれこそがプロ精神だ。そこに性能の真実はない。よって、売りたい人間が集めたデータや研究は意味をなさない。これは他業界の研究者の間では当たり前の事実である。
「最近のチューブレスの進化は目覚ましい!」
「往来のタイヤよりも技術が上がりしなやかになった!」
「最新チューブレスは転がり抵抗が少なくなった!」等々。
さまざまな謳い文句が蔓延しているが、そんなことは遥か昔から行われている事で、どのタイヤとタイヤを比べて誰が言っているのか?を教えていただきたいところなので現状を見てみよう
メーカーの言いなりではなく、我々一人一人のライダーがしっかりとした目線で、この重要なパーツであるタイヤを選んで欲しいと願うばかりだ。
転がり抵抗
現状はロードレースでは両者半々、トラック競技ではほぼ、チューブラーのみとなる。
チューブレスが掲げる転がり抵抗のポテンシャルは、どうやらトラック競技では発揮できないということだろう。一般的に言われていることを信じれば、道が綺麗なところではチューブラーが抜群だということで、そこにチューブレス25Cの入り込むすきは全くないということになる。しかしこれがロードレースやサイクリングではその意見は「微妙」となってくる。舗装道路やコーナーでのグリップ力などが加味されるということになっているが、、、どうでしょう。私も先日250mの板バンクを走りましたが路面はボコボコで綺麗な舗装道路よりも悪いとも言える状況です。そしてグリップ力は高度な展開ではロードよりも求められる。謎は深まるばかりです。
現状はどんな状況下でも転がり抵抗が少ないということではないことが言える。トラックレースやロードレースは全てチューブレスとなるのであれば話は別だが、因みに転がり抵抗にはホイール全体の真円度も大きく関わってくるので、構造上真円度が高いチューブラーが抵抗は少なく速いことは明白だ。
チューブラーの場合タイヤを貼る人間の技術が左右するだろう。チューブレスの場合は真円度は比較的容易に出せるというメリットはあるので、まぁ誰がタイヤを装着してもそこそこのホイールが組めるのがチューブレスのメリットだろうか。
コスト
コストパフォーマンスに関しては現在のチューブレスタイヤやクリンチャーは驚くほどに値が上がっている。また一般的な印象で「高い」とされているチューブラータイヤとの価格差もほぼ無くなってきてもいる。
ちなみにメーカー名は避けるが、シクロクロス用の高級チューブレスタイヤなどは1本1万6000円以上するから驚きだ。(シクロクロスでもトッププロの使うタイヤはチューブラーが殆どだ)
この状況を見ると、よりレーシングでハイエンドなタイヤを選択しようとした場合のコストパフォーマンスという点でチューブラータイヤは秀でるだろう。またTLR(チューブレスレディ)などはシーラントなども定期的に入れ替えが必要になり決して安価とは言えない。
ロードで多くのライダーが使っているクリンチャータイヤのメリットといえば
「チューブラーより安い」
「タイヤの寿命を全うできる」
「安いタイヤでも真円度が安定している」
であった様に思うが、チューブレスになってしまうとこのあたりがチューブラーと逆転して来そうだ。ここを明確にして使用しないと、何のためにチューブレスを使うのかがよくわからないことになる。
何が言いたいかというと、トレーニングやホビーライドはコスト面や作業性を重視し、多少の走行性能は失ってもコストパフォーマンスの優れたクリンチャータイヤで良しとするが、より上の走り(走行性能)を目指す場合はやはりチューブラーに分があがるということが言えるだろう。
サーフィン業界などではポリスチレン製のソフトボードなるものが広く流通している。この素材は柔らかく浮力もあることから、子供や初心者などが安全かつ容易に波乗りを楽しむことができ、そして何より値段も安価である。一方でプロや上級者が大会等で使う上位モデルは今まで通りガラスファイバーが巻かれた硬い素材が主流だ。私の知るプロサーファーも練習ではソフトボードを多用している。これくらいの割り切りは見てても気持ちがいい。
どうして自転車乗りはプロと同じ道具を選ぼうとするのだろうか。
その理由として自転車が持つ道具や乗り物としての魅力に魅せられた人が多いというのがあるだろう。サーフィンなどでは、サーフボードが好きで波乗りを始める人は少ない。波乗りや自然が好きでという方が多くを占めているはずだ。
しかし、自転車は(私を含め)性能そのものに魅力を感じている人も多いのが特徴なのかもしれない。それが、タイヤシステムがチューブレスに移行するなかで、その全てがくつがえされたように思う。
トレーニング用やコストの関係、利便性を重要視するのであれば徹底的にトレーニング用に特化し、使うことが一般ライダーには望ましく思う。チューブレスもその様に進化したり、メーカーもその様にアナウンスすれば合点がいくのに、どうして25Cチューブレスが速いとしないと、ロードファンは購入してくれないのだろうか。
チューブラーはメンテナンス性が悪い?
これもよく聞く言葉だが、どうだろう。チューブレスレディはパンクしにくいというメリットがあるがパンクした際は正直どうにも対応に困る。初心者や力のない女性や知識のないライダーが出先でチューブレスレディのタイヤを履き替えることはほぼ無理というのが現実だろう、小さなエア抜けであれば内部のシーラントが穴を塞ぐという利点はあるが、交換が必要なくらい致命的なダメージ時を想定すると、どうにも遠出には使いづらいと思ってしまうのだ。
クリンチャーでさえチューブラーより容易というレッテルを貼られていますが、私から言わせれば、チューブラーの方がタイヤ交換は楽と言える。初心者はクリンチャーがおすすめとされるが、チューブを噛む危険性やタイヤの脱着の難易度はクリンチャーの方が高いとさえ思う。
チューブラーはリムセメントを剥がしたり塗ったりする事がハードルを上げてしまう要因でもあるが、現在はチューブラーテープなる両面テープがあるので、出先でも容易だ。少なくともチューブレスやチューブレスレディよりも圧倒的に作業時間は短縮される。
タイヤの予備を持たなければならないではないか、という指摘はあるが、トライアスリートたちの間では、ほとんどがチューブラータイヤだ。走りの性能もさることながら、パンク修理(タイヤ交換)が早く行えるからに他ならない。慣れてしまえば非力な女性でさえ一瞬でタイヤ交換をしてすぐさまレースに復帰することが可能であり、その事実がチューブラーの扱い易さを物語っているのではないだろうか。
私もチューブラーを使っているが、パンク頻度は少なくなる。私は予備のタイヤを1本持ち、パンクを2回したときのためにパンク修理液を携帯している。未だに修理液は一度も使ったことがないが、このあたりを携帯していれば安心と言える(後述するが、チューブラータイヤはパンクしても多少は走れる)。
安全性
こちらは走行中のパンク時の状態ということになる。クリンチャーは一気に空気が抜ける場合もあるが、チューブレス、チューブラー同様エアーはゆっくりと抜けてくれるので安全性は高いと言える。
また前述したようにパンクしても多少なら走ることもできる。私も何度か経験があるが、空気の抜けたチューブラータイヤは意外と走れる。欧州のレースではパンクしたまま逃げ切り優勝なんてシーンはいくつか見たことがある。チューブレスで起こった場合は、ほぼまともに走れない。
軽さ
こちらは圧倒的にチューブラーに軍配が上がる。リムの構造を含めチューブラーはリム自体も軽くできるしタイヤ自体も軽量である。
空気圧
チューブラーは20barくらいまで入るタイヤも存在する。昨今ではエアボリュームを増やして低気圧に対応しているタイヤが良い方向性とされているが、どちらも低い空気圧による運用は可能だ。チューブラーには幅広い範囲があるが、チューブレスは低気圧のみだ。シクロクロスのトッププロが集まるレースでは1.5barくらいの太いチューブラータイヤが主流なことが物語っている。
断面形状 速度を支配する振動
私が最も重要視するポイントはこちらで、断面の形状だ。
ご存じの通りチューブラーは綺麗な真円。それ以外は電球の様な形状だ。これは、同じ空気は入っているが全くの別物であるということだ。
速度を上げるには、二つの重要な要素がある。それは空力と振動だ。全ての乗り物はそれらを克服するため、しのぎを削り研究を進めている。振動を制する者がスピードを制するのだ。
真円断面のチューブラーは直進走行時、コーナリング、荒れた舗装、瞬時に自然な形状が形成され気体がいつでもニュートラルな状態で変形してくれる。路面状況や自転車の角度に重心変動などに高次元で対応しているのだ。チューブラーがしなやかと言われる所以だ。これは、根本的に他のタイヤシステムと異なる構造と言えるだろう。
また、近年のワイドリム化についても触れておきたい。
まずC15からC17に変わった最大の理由は25C以上のタイヤの需要が増えたことだろう。その上でリムとタイヤのフィッティング相性を考えた場合、クリンチャーやチューブレスではタイヤとリムとの接地箇所に曲り角度がかなりついてしまったり、タイヤがリム幅よりかなり出てしまっていたりしていた。これをよりタイヤに負担のないサイズとして生まれた規格がワイドリムと言えるだろう(最近ではC19なんてのもあったりするので、この流れは当分続きそうだが)。ただ、タイヤだけに目を向ければ、ワイドリム化によって生まれた違いとは、タイヤをはめる部分の内幅が2mm広がったにすぎない。ことタイヤの高さに関しては約0.6mmしか違わない。なので同じ内圧を入れた時のタイヤ形状やそこからくる乗り味に差は無いと言っていいだろう。ただ、中に入る空気量を体積(エアボリューム)として捉えた場合、ワイドリムの方が確実に多くの空気量が入るので、そこで乗り味にみなさんが違いを感じている要因になってくるのではないだろうか。
最新のピストバイクは走行時に如何に音を鳴らさないか? というイメージで走りを追求している。空気を割く音や路面の振動音が少なければ少ないほど抵抗が少ないという意味だ。これが今の技術で実現するのはチューブラータイヤしかないのが現状だ。根本的に違うのであるから、最近の技術がどうのこうのと言ったところでどこまで行っても別物であると言っても過言ではない。
また、最近のカーボンバイクの走行音は非常に大きくなっている。それはフレームの剛性が上がり(上がらざるを得ない)集団で走っていてもかなりの音でプロトンは走っている。ちなみにピスト競技では走行音よりも選手の息使いの方がよく聞こえマシンの性能の成熟さが伺える。
しかしロードでもエアボリュームの大きな25Cチューブレスになったあたりから少々音が小さくなった。これは振動が少なくなったという事を意味している。
私の見解ではカーボンバイクはもう振動吸収の限界がきており、やむを得ずタイヤでの振動吸収に進んでいるとも言える。しかし自転車の根幹にある回転系での振動吸収はそう容易ではなく現代の混乱を招いているのだろう(振動の話はまたどこかで)。
最後に
物心がつく年の頃、高速道路を走る車の中で工場地帯に鎮座する大きなガスタンクをみて不思議に思った。
「なぜ丸いのか?」
なぜなら、球体は内圧に強く内部に均等に圧がかかり容器自体も軽量かつ剛性が上がるからだ。ガスボンベなどの円柱形も同じ理論からなる。
自転車作りを生業としパイプやギヤなどさまざまな円と接してきた。球体や円は、宇宙の軌道軸に始まり自然界の法則のもとに成り立っているフォルムと言える。コンパスで容易に書けるが鉛筆では困難、しかし風船に空気を入れるだけでも完璧なフォルムを築くこともできる。
身の回りの物を見渡して欲しい。円構造が採用されていない物を探す方が難しいのではないだろうか。時計やネジはもちろん、携帯電話にメガネなど、どんなものにも円構造が採用されている。
私の工房にある機械は正に鉄の塊だ。しかし多くの円構造を駆使することによって、私のリクエスト通り自由自在にしなやかに仕事をこなすのだ。皆さんの愛する自転車はといえば車輪、チェーン、ギヤ、まさに円構造の集合体であり円構造を軸とした発明品だ。
円構造は人間が作る構造物に「生命感=しなやかさ」を吹き込んだと言える。
そして、自転車における大事なポイントのタイヤ。この断面は真円でなければならない、私は切にそう思っている。
私のロードレーサーは、しなやかで振動吸収の良いフレームにソーヨー製の日本の職人が手で編んだハンドメイドチューブラータイヤ。私はこれ以上の組み合わせをまだ知らない。
自転車は様々なパーツや機構が複雑に絡みあい構成されている様にも見える。しかし、複雑なパーツや商業主義、見てくれ……そして流行を追いそれらを気まぐれに賛美する人々……それら全て取っ払った時、出現するのは「良質なフレーム」と「良質なホイール(円)」その二つしかない。それこそが神秘に満ちた自転車を走らせる根幹だ。これを理解出来たなら、にわかにロードレーサーはあなたのためにある。