いよいよ始まるトラック種目の五輪出場枠取り、日本チームコーチに聞くパリ2024でのメダルの可能性

トラック種目の五輪出場枠2024

1年半を切ったパリ2024五輪の開催。東京2020五輪では梶原悠未が銀メダルを獲得したが、今度のパリはどうか? 出場枠への世界のスタートライン、日本はどれぐらい強いのか? メダルの可能性は? 3人の外国人トラック日本ナショナルチームコーチから、忌憚ない意見を聞いた。

トラック種目の五輪出場枠2024

ブノワ・べトゥのオフィスに飾られた国旗への寄せ書き

 

来年8月上旬に開催されるパリ2024五輪。先の東京2020五輪では日本のトラック中距離種目、梶原悠未が女子オムニアムで銀メダルを獲得した。短距離では先の世界選手権で、佐藤水菜がケイリンの2位を獲っている。

パリ五輪でのトラック競技の日程は2024年8月5日〜11日。トラック種目では今、世界が同じスタートラインに立つ。五輪出場枠に関わるUCIポイント獲得は、2023年2月23日からのUCIネイションズカップ第1戦ジャカルタから始まる。

もう1年半を切った次の五輪開催に向け、今の日本チームはどれぐらい強いのか? パリ2024五輪でのメダルの可能性はどうなのか?

・今日本はどれぐらい強いのですか?

・これから日本をどう強くしていきますか?

・パリ2024五輪でのメダルの可能性は?

これら3つの質問に、現在の日本トラックチームを率いるブノワ・べトゥ、ジェイソン・ニブレット、ダニエル・ギジゲルの3名のコーチに答えてもらった。

なお自転車トラックの五輪種目は全部で6つ。短距離種目のチームスプリント、ケイリン、スプリント。そして中距離種目のチームパシュート、マディソン、オムニアムである。またインタビューは、ネイションズカップ第1戦の前に行った。

 

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●ジェイソン・ニブレット
日本ナショナルチーム・短距離ヘッドコーチ

トラック種目の五輪出場枠2024

自身も短期登録選手制度で競輪を走っていたことがあるニブレット短距離コーチ。東京2020ではアシスタントとして支えたがパリ2024はヘッドコーチとして迎える。2016年に来日し日本のトラック競技会を変えてきた彼は、日本のお家芸とも言えるケイリンでのメダル獲得を目指す。

 

--短距離種目で日本は今、どれぐらい強いのですか?

トラック種目の五輪出場枠2024

今の日本は、世界トップで十分争えるレベルです。私たちは、ほぼ全ての種目で表彰台に上れる力があります。これからのネーションズカップでそれが実現するかは、選手たちがその日ごとに実力を発揮できるかどうかにかかっています。

世界の他の国々がどの程度のレベルになっているのかも分かるでしょう。私たちのレベルが上がっているのは確かですが、他の国々がどう伸びているか、です。

 

--これからどう日本を強くしようと考えますか?

アスリートの弱点を補うのか、強みを伸ばすのか。栄養面、トレーニング、有酸素能力、体組成、アスリートを一人の人間として見て、完全なパッケージとして強くしていきます。何に取り組むべきかを考え、その一つひとつに取り組むのです。ある特定のものだけが強くするのではなく、完全なパッケージです。

中でも日本の長所は、トレーニングに来るよう強制する必要がないこと。そして毎日練習に打ち込むよう伝える必要がないことです。

私とブノワがここに来て作ったこの環境に、選手たちは日々来てくれます。支持したことに、彼らはベストを尽くしてくれます。時にはかなり厳しい指示もありますが、彼らはその辛さの中から喜びを得ることを学んできました。トレーニングでの耐え難い痛みで、地面に横たわっている選手を見るでしょう。彼らはそれが次のレベルに上がるのに必要なのを知っています。

 

--パリ2024オリンピックでのメダルの可能性は?

トラック種目の五輪出場枠2024

ケイリンでは男女とも全員がメダルを取る可能性があるでしょう。

一方でチームスプリントは、去年の世界選手権では失格でした。ただこれは技術的なことで、問題は走り自体ではなかった。失格がなければ、決勝8組の中でも中盤のタイムでした。

今見るところ、彼らはさらに力をあげています。その日その日で、自分の能力を発揮できればいい。どこまで行けるか、次のネイションズカップが楽しみです。

そしてスプリント。選手によって経験は違い、経験ある選手でもまだ成長の余地があります。

サトミナ(佐藤水菜)は、確かに経験は少ないですが、戦略的な練習や対戦を重ねてきたので、その成長を見るのがとても楽しみです。またカイヤ(太田海也)は昨年の世界選手権では予選で良い成績を収めています。

チームの中で、一人がレベルが上がると、チーム全体のレベルも上がります。女子の方もサトミナのレベルもだいぶ上がっています。今回はどんな対戦を見せるのか、期待しています。

 

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●ダニエル・ギジゲル
日本ナショナルチーム・中距離ヘッドコーチ

トラック種目の五輪出場枠2024

東京2020五輪ではスイスチームのヘッドコーチとして来日したギジゲル氏。トラック選手からロードレース選手へ、引退後はチーム監督からナショナルチームのコーチへと、自転車競技の真ん中を歩き続けた彼は、日本での指導を「人生最後の指導にしたい」とコメントする。自転車競技を知り強化を続けてきた伝説のコーチは、今の日本チームに何を見るのか。

 

--日本に来たきっかけは?

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これまでスイスのコーチを15年ぐらい続けていましたが退職し、1年ぐらい経った頃にブノワさんから声を掛けられました。実はその前にも声を掛けられていましたが、その時は断りました。15年間にわたってスイスの仕事に尽してきたので、少し休みが欲しかったんです。

ブノワさんとは付き合いが長く、私は12年間ニューカレドニアのコーチもしていましたが、その仕事はブノワさんに引き継ぎました。

その時から、いつか一緒に仕事できたらと互いに考えていたようで、今回その機会が来ましたね。私は昔からブノワさんと一緒に仕事をしてみたかったですし、彼が日本で作った仕組みを見たいという気持ちが大きかった。

それに日本に憧れている部分もありました。ニューカレドニアには日本からの観光客が多く、そこで日本の文化と多く接していました。日本の文化も好きですし、日本の優秀な競輪選手も見てみたいという気持ちもありました。

 

--今の日本の中距離種目は、どれぐらい強いのですか?

日本の自転車競技レベルは全体に高いと思います。男子チームパシュートではオリンピック枠を取れる可能性が高いです。

また東京2020で銀メダルを獲った梶原悠未がいますし、去年のジュニア世界選手権でメダルを獲得した若手の垣田真穂と池田瑞紀の2選手もナショナルチームに入りました。

地力はあるので、あとは選手が自信を身につけて成長していく仕組みをちゃんと作っていけば、世界のベストになれる可能性があると思います。

 

--日本をどう強くしていきますか?

まだ来たばかりなので、日本の自転車競技の世界や仕組みはどうなっているのか情報を集めています。

ただヨーロッパと比べると、日本の仕組みは独特です。例えばヨーロッパではクラブがあって、ボランティアのスタッフが育成をして、そこから人がどんどん競技の世界に入ってくる。でも日本では、学校の部活で自転車競技に接して、この世界に入ることが多いです。

仕組みがちょっと違うので、その仕組みをうまく活かせればと思います。新人発掘ですね。眠っている才能を発掘し、自転車競技の世界に入る道筋をうまく立てれば、どんどん日本は強くなるでしょう。

また世界、国際競技に目を向けてもらうのが大事です。特に若手選手には、そういったモチベーションがとても大切です。ジュニア世界選手権でメダルを獲ったふたりがその良い見本。これからのモチベーションにつながるでしょう。

 

--パリ2024オリンピックで日本がメダルを取る可能性は?

トラック種目の五輪出場枠2024

可能性の話の前に、まず私たちの目標は、オリンピックの枠を取ることです。

女子では梶原が東京2020五輪で銀メダルを獲得しているので、そこには可能性があるでしょう。ジュニア女子のふたりは、パリ2024五輪は早すぎると思います。ロサンゼルス五輪での可能性はあるでしょう。

男子は全体にレベルが高いですが、まだ経験が必要です。多くの国のトップ選手は、ツール・ド・フランスをはじめ国際ロードレースに出ています。トレーニングで例えばクリテリウムなどへ積極的に参加できればさらにレベルが上がると思います。

短距離であれば、そんなに経験を重ねなくてもトレーニング次第でレベルが上がることもありますが、中距離ではある程度レースの経験を積まない限り、全体的に世界レベルまでもっていくのは難しいです。

 

--チームパシュートでの枠の獲得が目標?(注:チームパシュートで五輪出場枠を獲得すると、マディソンとオムニアムの出場権利も獲得できる)

それが目的の一つです。最近の欧州選手権のタイムと比較すると、男子では日本と近いタイムのチームが多い。カナダ、ベルギー、フランス、スイス、その他にも多くあり、オリンピック出場枠の10か国に入るのは激しい競争になるでしょう。

 

--日本初の欧州レーサーである市川雅敏さんをご存知とのことですか、その関係は?

私がスイスで選手として引退し、その後スイスでチーム監督の仕事をしていたんですが、彼がスイスにレースに来た当時、私のいたチームに入ったので、私は彼のチーム監督だったんですね。長年会っていないので、機会があれば、また会いたいですね。

 

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●ブノワ・べトゥ
自転車トラックナショナルチーム テクニカル・ディレクター

トラック種目の五輪出場枠2024

東京2020五輪には短距離種目ヘッドコーチとして臨み、男子ケイリン脇本雄太が7位との結果に終わったベトゥ氏。次のパリ2024五輪にはトラック競技全体の強化を統括する立ち位置で臨む。2016年に来日し、日本トラック競技を世界レベルにまで引き上げたその手腕。そして最近は選手以上に長く乗るその脚で、機材開発から環境整備までトラック強化全体のまとめ役として動く。

 

--日本トラック種目ナショナルチーム、今の強みは

トラック種目の五輪出場枠2024

まず短距離種目ですが、女子はケイリンです。2年連続でサトミナ(佐藤水菜)がメダルを獲得してくれていて、今後の大会でも期待が高いですね。また男子では太田海也に才能があると思っています。肉体的にもそうですが、精神面も向いていると感じます。この2名に注目して行きたいです。

ただオリンピック枠の取り方は、まずは今のところにはチームスプリント経由で枠を取りに行く戦略です。今回ネーションズカップではその戦略を続けるかどうかを確かめることになります。男子チームスプリントではおそらく可能でしょうが、女子は難しいかもしれない。今回の成績を見て決めます。

そして中距離チーム。私は常にニュートラルなスタンスを取るべきだと思っていますが、窪木(一茂)と今村(駿介)はとてもいいペアになってきています。二人からはマディソンに対する情熱が、成功したいという気持ちがすごく伝わります。努力する姿や態度が本当に気に入っています。注目していたいです。

女子では、梶原が去年に比べてだいぶ調子が上がっていて、だいぶいい感じでチームも動いています。彼女にも期待です。

そして女子チームパシュート。これでオリンピック枠を取ろうという戦略ですが、大きな挑戦です。チームには最近入ってきた若手の二人、垣田と池田がいますが、こういったふうにこの若手選手、才能ある若手選手がチームに入るのは、日本チームの強みになってきており、期待しています。

 

ーーこれからの戦略は?

全体的な戦略として、オリンピック枠は団体種目で枠を取りに行き、それを中心にしたトレーニング戦略を行っています。今回の大会に出て、それが可能か、戦略を変えなければいけないかということを決めていきます。

また外部から見ると『チーム強化のためにはトレーニング』と考える傾向があると思いますが、それだけでなく、私たちは乗車フォームの空力性能に取り組んでいます。

空力性能を高めることも現在は仕事として、サイエンススタッフがやっています。機材を開発し、風洞実験を行い、確認して改善をスタッフは着実にしてくれます。

日本の残る弱点は何かというと、選手が自分の才能を自覚していないことです。自分のポテンシャルを、どれぐらい可能性があるのかを自覚してないのが現状です。

外国人の方が強いという思い込みをまだ持ち続けています。できればそれをどんどん無くして、もっと自分の可能性、自分の能力を自覚してもらえればなと。

昔に比べると減りましたが、機材もフォームもそうですが、まだ外国人を見て真似ようとする態度があるんですね。もう真似するのではなく、超えていくという精神が大事です。

 

ーー日本がメダルを取る可能性は?

トラック種目の五輪出場枠2024

簡単に言うと、東京五輪と同じような可能性があると言えます。

もちろん目標を高く持つ方針なので、短距離の男子には、東京五輪よりもいい成績を期待しています。

中距離はマディソンですね。メダルの可能性という意味では、現実的というより奇跡ぐらいの領域に入ると思いますが。でも本当にマディソンでメダルを取れたら夢が叶うなと私は思っています。

そして女子オムニアムですね。もちろん梶原が出場を狙い、もう一度金メダルに挑戦できると思いますが、マディソンでもメダルを取れたらというのも夢の一つになってきましたね。

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団体種目でのポイントを重ね、それで枠をとる戦略の日本。まずは2月中旬のネイションズカップ第1戦、その結果に期待したい。

参考サイト:日本自転車競技連盟 TRACK