【コラム】ケルビム・今野真一「自転車、真実の探求」第11回“チェーンテンションをどう考えるべきか?”
目次
チェーンの歴史
以前にも述べたが、最初にチェーンの素晴らしさについて触れておきたい。
なぜ自転車にはチェーンが採用されているのか?
現在、多くの工業製品には様々なエネルギー伝達装置が採用されている。
自転車の駆動系でも、いくつかある。
シャフトドライブはかなり前から自転車には普及され、今でもいわゆる軽快車などでは見かけるが、重量がかさむなど色々とある。車などでは一般的な構造だ。
また、ベルトドライブは簡単な内装ギヤのスポーツ車などにも多く採用され始めている。最近はカーボン繊維などを使い、伸びや抵抗値も低くなり随分と性能も上がったようだ。
私の所でも内装14段ベルトドライブ車を製作し、ブルベ等のロングライドに出場しているライダーもいる。音も静かでスピードを追求しなければ十分問題ないという。
聞くところによれば大手パーツメーカーはベルトドライブを初心者用のスポーツ車のスタンダードにする計画もある様だ。
確かにメンテナンスフリーで、手も汚れずチェーン落ちの心配もなく、扱い易さから見れば理想的にも見える。
ブレーキを引くワイヤや油圧システムなんていうのも、ある種エネルギー伝達装置と言えるのかもしれない。
セラミックスピード社のシャフトドライブシステムも発表され、革新的! なんて話も出ていたが、他工業製品から見れば革新的なんてことは言えないかも。
お子さんの補助輪離れの定番となったペダル無し自転車で地面を蹴るなんてのも、ある種、人力を推進力に変える基本なのかもしれない。
ちなみに、自転車の歴史上地面を蹴り走っていた時代から足を洗った最初のシステムは、1839年、若干29歳のイギリス人が蒸気機関車のホイールのクランク構造を取り入れたもの。それが、自転車に跨ぎ脚が地面から離れた瞬間だったそうだ。自転車と蒸気機関車の歴史の長さがあまり変わらないというのも面白い。
ローラーチェーンの発明
自転車の歴史上チェーンが出現したのは1886年、スイスのハンス・レノルドがローラーチェーンを開発し自転車に応用したのが最初と言われている。が、驚くことなかれ、それよりも300年以上も前にチェーン構造の青写真を正確に構想していた人物がいる。
かの「レオナルド・ダ・ヴィンチ」である。無論当時の技術では製作は不可能であったが、自転車すらない、今から500年以上前に既にチェーンを使った動力伝達効率の良さを見抜き、自身の手稿に記録していたというのは驚きでしかない。おそらくレノルドは、そのダヴィンチの手稿を目にしたのではないだろうか? ダヴィンチのスケッチはそのくらい現代のローラーチェーンを的確にスケッチしているのだ。貴方が乗る自転車は多くの奇跡の数々で走っているのだ。
しかしダヴィンチはチェーンが自転車のような乗り物に使われ、更に変速機のような構造にチェーンが使われる事は想像していなかっただろう。
なぜなら自転車に使用されている、ディレーラーという装置は非常に豪快かつ乱暴なシステムといえる。トルクのかかっているチェーンを脱線させ横方向にギヤ板を行き来させるというのだから、何とも伝達効率を無視している発想とも言える。他業界から見れば、これで良しとしている我々自転車製作所に不信感を抱くことだろう。(私のところにも随分と工学博士等から指摘を受けた)
しかし、私から言わせれば、このアバウトさこそが自転車の変速システムの偉大な所なのである。
効率の良い、ローラーチェーンを右へ左へ、小ギヤから大ギヤまで、自由に動かしている。
そしてこの野蛮な装置が今だにレーシングの世界の第一線に君臨しているのだ。
なぜなのだろうか。
チェーンの効率とは
チェーンの摩耗やメンテナンス、清掃に、競輪選手等は非常に手間暇を掛ける。
整備を得意とするライダーには超音波洗浄機などで清掃する人もいる。
この場合元々内部に入っているグリスが抜けてしまう為に注意も必要だ。内部に再度グリスを注入する事は不可能なので内部を清掃してしまった場合は定期的にオイルなどを浸透させなければならない。当然摩耗してしまったり、伸びが生じてしまえば伝達効率も落ちるし、摩擦も発生してしまうので、ローディーのみなさんは大いに気になる所だろう。
では、ローラーチェーンは一体どれくらい効率が良いのだろうか。
以前、米国ビル・ゲイツが多額の寄付をした事で有名な、ジョンズ・ホプキンス大学とシマノが共同でチェーンの効率の研究をしたことがあった。
チェーンリングから後輪スプロケットまでの伝達効率は、驚くなかれ98.6%であった。
つまり、1.4%しか貴方のエネルギーは失われていなかったのだ!
そう、数ある伝達装置だが我らが自転車にとってローラーチェーンを上回る物は存在しないのではないだろうか。
また、もう一つ興味深い結果が挙げられている。
それはチェーンのテンションだ。
チェーンの張力(テンション)が305Nと76.2Nで実験はされた様だがそれぞれ値は98.6%と80.9%だったという。
どの様な状況下なのか詳細は不明であり、更に検証する必要はあるが、ロードの場合は正直テンション感のコントロールはほぼ不可能なのだが、ピストバイクは更に研究する必要があるだろう。また赤外線計測での結果、摩擦熱で温度が上がることも確認された。
いずれにせよ、驚きの伝達効率といえよう。
摩擦での伝達効率
同じギヤ比でも伝達効率が異なる事をご存じだろうか?
例えば、53×15と42×12のギヤ倍数はどちらもほぼ(3.5)と同じであるが抵抗感(摩擦)は圧倒的に53×15の方が少ないということだ。
競技の場合、その前後での使用で瞬時に53×15と42×12 を行き交いする事は不可能だが理論上は同じギヤ比を選ぶのであれば53×15を使った方が良いということになる。
これは、みなさんも考えればすんなりと合点が行く原理に聞こえるだろう。
しかし、この原理で競輪界では、面白い(理解し難い)現象がが起きているのをご存じだろうか。競輪で多様するギヤ倍数で3.92と3.93 という二つの倍数がある。
51×13と55×14というそれぞれの組み合わせとなるが。55×14(3.93)という倍数は理論上も選手の感覚も当然軽く踏める。つまり51×13(3.92)よりも軽い感覚で重いギヤ倍数を踏めるのである、当然こちらの方が有利に見えるだろう。
しかし実際はどうだろう、圧倒的に51×13(3.92)を使う選手が多いのだ。
選手が何に重きを置いているのかが伝わってくる。
競輪ライダーの場合は、回す感覚よりもより踏む感覚を求めているといえる。
実際のスピードよりも、自身の脚にかかる負荷や感覚の方が大事なのだ。
この倍数の差がわずかということもあるが、より脚に踏みごたえのある倍数の方が実際にスピードに乗せる事が容易なのだ。これは他に類を見ない人間エンジンの特徴を見事に表している一つの例だろう。
因みにフレームの硬さによりこの倍数を使い分けている事も付け加えておこう。
適切なチェーンのテンションは?
ロードの場合
自身でチェーンの長さやテンションを調整するローディーもいるだろう。
最近ではビッグプーリーなどのサードパーティー的なパーツも多く出ておりテンションもかなりの調整幅がある。一体チェーンテンションはどのくらいに設定するのが得策なのだろうか。私のショップでもフレーム製作だけでなく完成車の組み付けも行う。色々な方法でチェーンの長さを指定する方法が取られているが……正直私はマニュアルを見ない……。
メカニック達にも「なるべくマニュアルを見ないでほしい」と伝えてほしい。
理由はいくつかあるが、ディレーラーやブレーキの構造を徹底的に理解し、感覚で覚えてほしいと常々思っている。何より正確な組み付けの近道となるからだ。
私はディレーラーの構造上、チェーンのテンションは可能な限り緩い方が良いと思っている。
前にも述べた通り、非常に大胆な構造であるがゆえギヤチェンジには余計なテンションやストレスが掛かる事は得策ではない。外れたり、チェーンが暴れたりしない、ギリギリのところを狙うべきではないだろうか。
無論、ギヤレシオの組み合わせを変えた際は出来ればチェーン長を変えた方が理想的だろう。また、場合によっては、フロントインナー、リヤトップではチェーンがたるんでしまっても、ライダーがその事を理解して走れるのであれば、そちらの方が理想的とさえ思っている。少々過激というか全く理解していないライダーにそのまま販売する事は難しいが、ライダーと一対一で接しながら組み付けの相談が出来るのであれば、この方が良いこともあるだろう。
ピストの場合
この連載を執筆するにあたり、多くの競輪選手にチェーンテンションについてたずねた。
私が聞く限り9割以上の選手が、可能な限りテンションは緩くセッティングしている事が明らかになった。
場合によっては競走中に緩すぎて外れてしまい落車したなんて選手もいるほどだ……。もちろん外れてしまっては元も子もないし、安全上の問題となる。
私の印象だと、先行選手は緩め、追込み選手は若干きつめにセッテイングしている様だ。
競輪競走の場合、チェーンテンションに関しても厳格なレギュレーションが存在する。
熟練の検車員たちの判断によるところも大きいとも思うが、チェーンの伸びのチェックはもちろん、たるみは32mm以下と定められている。この32mmギリギリの所でセッティングをしているという選手も多くいた。
また興味深いのは、フレームとの相性が悪い場合(剛性感を)テンションで調整するという選手やチェーンの銘柄を変えて調整する選手もいた。
我々としてはありがたい話だ。フレームの剛性感が変わってきてもチェーンで対応できるという事が。
話がそれたが、理由をいくつか整理してみよう。
①脚をニュートラルにしている状況下では、緩い方が負担がかからない。
力を抜いて回している状態にニュートラルという表現を選手は使うが、その際には張っている状態よりも断然に、スピードを殺す事なく走れるということだ。
考えて見れば当然だろうが、逆を言えば瞬時にスピードを上げる際はワンテンポ遅れる可能性もある。
②スピードコントロールがし易い。
固定ギアの場合はスピードコントロールはバックを踏んで(逆に力を入れる)コントロールするのだが、そのコントロールが容易に行えるという事だ。
テンションが張った方がダイレクトにスピードコントロールが出来るがより正確な脚の動きが必須となり、限界ギリギリの走行中には正確な脚の回転は望めないと言う。
③単純にスピードが出る。
緩みがある方がペダルが回しやすい。
これは、どんな状況下に於いても脚を正確に回し回転を上げ続ける事は不可能であると言うことだ。ペダルの回転数が上がった際は若干の逃げがなければペダルは回せない。
理由は他にもありそうだが、どの選手も「感覚的に……」という表現が最も多い。
人間は機械ではない
チェーンのテンションというお題であったが、何だか尻窄みな内容になってしまった……。
しかし、チェーンを観察することによって見えてくることも多くあった。
それは、自転車を走らせる上で、自転車の「緩み」「しなり」「逃げ」「たわみ」などが各パートには必要だということだ。
前述の米大学チームの研究結果であった通り、もし完璧にエンジンの回転数やトルクが管理できるのであれば、実はチェーンはある程度は張っていた方が効率は良いだろう。
しかし、我々人間エンジンの脚はてとてつもなく曖昧で完璧ではない。
脚をいくらトレーニングをしても機械時計の様に完璧に回すことは不可能だ。
そこには必ず力を逃す構造が必要なのだ、それがチェーンの緩みに加えて、クランクの硬さやフレームの硬さにも必要で、そしてそのパーツの組み合わせをライダーが感覚的に変えていく事が必須となる。
チェーンのテンションはディレーラー構造の不完全さも曖昧さも相まって緩い方が良いという結果となっているのだろう。
現代技術では、硬いフレーム、硬いクランクによって撓まない構造を作ることは全く持って容易だ。
しかしロードレーサーは知らず知らずのうちにそれらを選択せずに各所にある種の「柔らかさ」を選択しているといえよう。生命が硬さを捨て柔らかさを選択した様に自転車はある種生物的とも言える。
そして、その曖昧さが重要な故に、空力、軽さ、剛性、ギヤ比など、今だに完璧な答えが存在しないのかもしれない。
貴方の脚、走行のシチュエーション、クランク長にペダルの撓みやシューズの硬さにフレームやギヤ比……多くのことが絡みあっていることは確かで、ここまでくると最も信頼出来る要素は「貴方の感覚」なのかもしれない。
自信の感覚を信じペダルを踏みセッティングする事が様々なシチュエーションで良いセッティングを出す最も近道なのかもしれない。
たかがチェーンテンション、されどチェーンテンション。ぜひどこかで、みなさんのご意見をお聞きしたいところだ。