太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 四日目 小田原(神奈川県)〜下田(静岡県)
目次
いよいよ伊豆半島の旅へ出発。最高のコンディション
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅が始まった。四日目は神奈川県小田原から静岡県伊豆半島の下田へ。
最大の難所? 最高のロケーション? 伊豆半島をめざす。
梅雨の合間に走ることを決めた太平洋岸自転車道伊豆半島の旅。しかし出発地になるJR小田原駅で駅舎を降りたときには、真夏を思わせるような強い日差しを浴びることになった。梅雨は一体どこへやら。改札を出てきたシシャチョー。何やらニヤついている。
「今日もワシのおかげやな!究極の晴れオトコでっしゃろ??」
「はいはい。えらいえらい!」
今回の旅もいつもの調子で始まった。
小田原駅を出発したのは午前8時。すぐに海岸線を南下する。周囲はラッシュアワーなのか、信号毎に渋滞している。少し走っては信号で延々と渋滞。道路もとても狭いので我々も渋滞と一緒に動いている状態だ。湯河原の手前まで来てようやくまともに走ることができた。
道は次第にアップダウンになってきた。その上に何度もトンネルを走行しなくてはならない。道路もトンネルも例によってとても狭い。対向車があってもお構いなしに抜いていくので、右脇数10cmのところを抜いていく。青い矢羽根の上を走ることは到底できず、道路外側線の白線の上をひたすらトンネルの壁に張り付くようにして走った。ただ自転車慣れしている土地だからか、嫌がらせをしたり急加速して抜いていったりする車はほとんどない。それだけでも多少気が楽だ。
前回の房総半島ロケでの太平洋岸自転車道の印象はこんな感じだ。遠く後方からアクセルを踏み込む気配を感じ、それが近づいてきて右側ギリギリのところをものすごい相対速度差ですり抜けていく。来るぞ! 来るぞ! と身構えて走る感じだった。正直なところまったく旅をしている印象ではなく走りづらい道を我慢して耐えて走っている感じなのだ。
ただし神奈川県の三浦半島に入ってからは比較的安心して走れるようになった。果たして静岡県の海岸線は一体どうなのだろうか?
湯河原を抜け熱海に向かう。しかしそれにしても車が多い。数秒に一台ぐらいの割合でずっと車が抜いていく。後ろを振り返るとずっと後方の見えなくなるまで車が続いている。観光地が多いからなのだろうか……。ずっとこの調子で車に抜かれるのを意識しながら走るのかと思うと先が思いやられた。
そうこうするうちにある交差点に出た。しかし我々はここで長時間スタックしてしまう。なかなか前に進むことができなかったのだ。この国道135号は自転車で車道の左側端を走っていると、そのまま直進で海岸に降りる道をたどってしまう。我々は右の国道の直進レーンを使って熱海方面に行きたい。ヨーロッパやアメリカなど自転車が自動車同様の交通として認知されている国のように、交差点手前でレーンチェンジしてスムーズに進むことができるのであれば何の問題もない交差点なのだが、日本では自転車は常に二段階右折をしなくてはならないのでレーンチェンジは認められていない。ところが今回のように、レーンチェンジをしなくては物理的に直進できない交差点ではその方法は明記されていないという状態。こうした交差点では一体どうやって進めば良いのだ?
左側も右側もずっとひっきりなしに車が走り続けている。ここに信号でもあればレーンに入りやすいのだが、ずっと車が走り続けているために我々は右の直進レーンに渡ることができない。
途方に暮れてしまった……。
日本を代表し世界に誇りうるサイクリングルートという触れ込みなのであれば、まず世界で普通に行われている自転車の運用が適用されねばならないのではないか?
結局10分近く待ってもそれでも車は途切れず。意を決して車が走り続ける右レーンに渡って再出発した。
シシャチョーの高所恐怖症が発症してしまう
とにかく車が数秒から数十秒に一台ぐらいですり抜けていくので、ずっと右側が気になって仕方ない。特に上り坂に差し掛かると速度が落ちるのでなおさら気になってしまう。ひたすら青い矢羽根と右側を気にして走るだけになってしまった。
「このままやとロケになりませんな。ちょっと早いですが飯でも食って休憩しましょう。待ってたら車の量も落ち着くかも分からんし」
シシャチョーの提案で早めの昼食にすることにした。食事をしながら太平洋岸自転車道マップで撮影ポイントを探す。
「どこか伊豆半島らしいところに寄って写真を撮りましょ!! この門脇のつり橋! ここを押さえましょう!」
ということで城ヶ崎海岸にある門脇のつり橋をめざすことに。
国道から外れ青い矢羽根に従って海岸線側に降りた。ようやく車の量が減って静かになった。つかの間の静寂、ホッとする。
しばらくすると青い海が再び眼前に開けた。よく見るととても美しい。伊豆大島が大きくクリアに見える。伊豆半島がこんなに美しい場所だったのだと初めて気がついた。
実際は熱海からここまでの道も、ときおり電話やメールの仕事で止まることも多く、その度に何度か海を見ることができた。もちろん車が多いことで気が散ってしまっていたり、下田までの距離を考えると何かとソワソワしてしまって、じっくりと景色を見たわけではない。だがもしそうした要素がなければこの伊豆半島の東海岸はすばらしい景色だ。大島をはじめ伊豆諸島を海の上に拝むことができるし、この日のように青い空や青い海を目の当たりにすると、何だか心が洗われる気がする。地質学好きな筆者にとってはこの伊豆半島は憧れの地。
この半島はフィリピン海プレートに太平洋プレートが沈み込むことによってできた海底火山地帯、すなわち伊豆諸島の火山が日本列島に衝突することによってできた半島だ。主に火成岩でできた荒々しい海岸線は、今まで走ってきた房総半島や三浦半島とはまったく違った激しくも美しい風景を作り出す。
車に気を取られ過ぎていたためか土地そのもののことを見ることができていなかった。せっかくのロケに来ているのにもったいないことだ。
それにちょうど幹線道路から外れたところ。すこし深呼吸をして美しい伊豆半島の東海岸を味わおう。そんな気持ちになった。
しばらく走って一番の目的地である城ヶ崎海岸に着いた。
海岸への入り口で少し道に迷ったが、犬を連れた地元の漁師さんと思しき方に道案内をしてもらう。ありがたい。
ようやく門脇のつり橋に到着した。
「やっと伊豆半島らしいところに来たわ! 写真たくさん撮ってくださいよ! 頼んます!」と言ってシシャチョーが小走り気味につり橋に向かう。
しかしつり橋に入った瞬間、シシャチョーが突然止まってしまった。
「ど、どうしたんですか!!!? 体調悪いんですか!?」
「忘れてた!!! わ、ワシ高所恐怖症やった……こ、怖い〜!! わわわわ……こ、怖い〜!!!」
突然へっぴり腰になって、はうようにしてフラフラと橋を渡っているシシャチョー。
面白くなってちょっと橋を揺らすと
「コラー!!! 怖いっちゅうねんっ!!」と絶叫。
どうやら本当のようである。思わずゲラゲラ笑ってしまった。いや、高所恐怖症の方には申し訳ないがシシャチョーのふだんとは違うその様子に笑いが止まらなくなってしまったのだ。
ようやく緊張感もほぐれたところで再出発。車に気を取られ二人ともカチカチになってしまい無言で走っていたのだが、城ヶ崎海岸以降は何だか雰囲気も変わり、いつもの令和のやじきた輪道中らしく、前後で馬鹿ばなしをしながらの走行になった。やっぱりどこを走るかも大事だが、誰と走るのかは最も大切だ。
そんなことを思っていた矢先に、シシャチョーがいつものごとく道端に落ちている良からぬDVDを見つける。
再びゲラゲラ〜!
投宿地の下田に着いた頃にはすっかり夕方になっていた。ペリーの胸像を探し記念撮影。その後に宿に落ち着いた。
まずは到着してすぐに缶ビールで乾杯! 浜辺でサーフィンに興じる若者たちを見ながら露天風呂に入り、ウトウトとうたた寝をしてしまった。
今回の距離:小田原駅〜下田(110km)