太平洋岸自転車道 じてんしゃ旅 五・六日目 下田(静岡県)〜沼津(静岡県)
目次
地球のダイナミズムを感じることができる伊豆半島。ヒリゾ浜は絶景
サイクルショップ(ストラーダバイシクルズ)とツアーイベント会社(ライダス)の経営者(井上 寿。通称“テンチョー”)と自転車メディア・サイクルスポーツの責任者(八重洲出版・迫田賢一。通称“シシャチョー”)の男2人、“令和のやじきた”が旧街道を自転車で巡る旅企画の番外編となる「太平洋岸自転車道編」。千葉県銚子から神奈川県、静岡県、愛知県、三重県の各太平洋岸沿いを走り和歌山県和歌山市に至る1400kmの長旅が始まった。五・六日目は静岡県伊豆半島の下田から沼津へ。
日本列島拡大の現場を走る
太平洋岸自転車道をたどる旅、伊豆半島二日目は昨日とは変わって曇天の中の出発となった。前日は紺碧の空と海を見ていたので少し残念な気もしたが、今日は伊豆半島の中で最もタフな道を走らねばならないし、まだ気温上昇に慣れていない体で日光にさらされながら走るのは、生活習慣狂いまくりの令和のやじきたにはきついかもしれない。
下田の宿を出ると目の前にビーチが広がっている。たたずんでいると気持ちがいい。出発前の準備をしていると一人の中年男性が声をかけてきた。自身も自転車を楽しんでいて、ロードバイクにMTB と、今までひと通りのバイシクルライフを楽しんできたとのこと。この人にルート上の見どころや補給地点など詳細な情報を聞けたのは良かった。
お礼を言って出発する。
下田から西側に入ると途端に交通量が減るのかとても走りやすい。
「あれだけ飲んで騒いだのに今日は快調ですなあ!」
シシャチョーが後ろから声をかけてくる。その声も昨日までと違ってずいぶんと聞きやすい。会話が成り立つ。やはり自動車の少ないところを走る方が楽しい。
海辺から海岸線に出ると昨日は自動車に気を取られて気づかなかった海岸の地形や漁港の様子が目に入ってくる。
漁を終えて港に入ってくる漁船。港で網を捌いている女性。行政の人だろうか? 町役場の名前の入った白い軽トラックの傍で測量をしている様子……。
観光地ではないこうした日常の様子を目にすることもサイクリングの良さなのだと個人的に感じている。サイクリングで目に入ってくるものは何もテーマパークで目にするような晴れがましいものばかりではない。だがそれが良いと思っている。
当たり前のものを再確認して再発見する。それが筆者にとってはとても大切なものに思える。それらを感じさせる程度のスピードで外気に触れながら五感を使って旅をすることができるのが自転車の良さなのだと。
そうしているうちに道は次第に険しくなってきた。息遣いが荒くなる。青い矢羽根をにらみながら海岸線を上る。しばらく走っていると目の前に海岸がひらけて来た。いよいよ伊豆半島最南端の石廊崎(いろうざき)だ。断崖絶壁の下に荒々しい海。そこに大小の岩が突き出ている。
前回も書いたが、この伊豆半島はフィリピン海プレートにある伊豆諸島(火山地帯)が日本本土に衝突してできた半島である。その衝突によって本土側の土地は複雑に盛り上がり丹沢山地を作り出し、沈み込んだ部分では駿河湾や相模湾という陸にほど近い場所に深海を作り出している。そんなダイナミックな地球の様子を想像できるのが伊豆半島なのだ。
地学が大好きな私はジオサイクリングという名前でツアーをしているだけに、この風景は感慨深く、長い間、石廊崎で時間を過ごしてしまっていた。
「そろそろ行きましょうや……」
シシャチョーの出発を促す声で我に返り、再びサドルに跨った。
えっ? イノシシが!?
再び内陸に入り小さな集落を過ぎた時だった!
「あっ!」シシャチョーが声をあげる。
見ると道の傍でイノシシが横たわっていた。どうやら猟で採ってきたようだった。
「すみません、自転車で旅しているんですが少し見せてもらっていいですか?」
おそるおそる聞いてみると、みなさん意外とフレンドリーに「どうぞどうぞ!」とお招きいただいた。何だか拍子抜け。
聞くと、何とこのイノシシを仕留めたのは、南伊豆町の町長だという。
「え? どなたが?」とシシャチョーが聞くと、「いや僕ですよ」と目の前の青いシャツの男性が名乗り出た。
この辺りは農作物の獣害が深刻で、それが原因で農業をやめる人もいるほどだという。いろいろ手を施してもイタチごっこで困っているのだという。そこで行政は猟に対して対価を払い、少しでも獣害を減らそうと躍起になっているとのこと。町長自ら率先垂範するとは何とも頭の下がる思い。
「この命はしっかりと食としていただきます」と、猟をツアーにされている業者の方、今日は町長と一緒に猟をしてきたという。
横たわるイノシシを見ると可哀想な気もしたが、これも自然と人間の営みなのだ。
アップダウンが延々と続く道
再び内陸に入ると道は次第にアップダウンを繰り返すようになってきた。事前に情報は得て覚悟はしていたものの、やはり実際に走ると厳しい坂である。しかし旅の愛車であるジャイアント社のハイエンドモデルであるTCRアドバンスドプロは超軽量マシン。そこに34Tのスプロケットをつけているのでかなり楽に上れる。20年近く前に伊豆を縦断したことがあるが、その時はフロントが52-36T、スプロケットが11-23Tの10速だったと思う。それでも快調に走った記憶があるのは若かったからだろうか……。多分そのとおりであろう……。
とにかく坂が厳しい上に、先ほどから補給ミスをしたようで食料が尽きてしまっている。二人とも次第にハンガーノックの様相……。(※南伊豆町から松崎町にかけては自動販売機もない区間があるので、給水には注意が必要)
もうダメか……と思ったところで一軒のレストランが目に入った。一目散で駆け込む二人。見るとネパールカレーとある。汗もたっぷりとかいていただけに塩分も欲しかった。地獄に仏とはこのこと。二人ともカレーで大盛り。ここで何とか体力を繋いだ感がある。ありがたい。
レストランの方に聞くと、今日の目的地である土肥までは、あと2回ほどアップダウンを繰り返すだけだという。その言葉に安堵し再出発した。
その後体力は復活していたので二人とも快調に走行。目的地の土肥には15時ぐらいに到着することができた。今日はここからフェリーに乗って清水港に渡る予定だ。実はここから太平洋岸自転車道はフェリーと沼津周りとに分かれる、この時は清水まで行って終わり、後日、土肥から再出発する予定だった。
しかし土肥港の手前で時刻表を確認したところ、「予約は前日までに」との文字が……。
「えええええええ!」と叫ぶシシャチョー
港に着くとどうやら予約でいっぱいの時は乗れないらしい。やはり前日までに予約が必要とのことだった。
まあこうなったら仕方ない、今から宿を探すだけだ。旧街道じてんしゃ旅ではこういうことは日常茶飯事で、去年の坂本龍馬脱藩の道(梼原街道)のロケの時も宿が見つからず難儀したことがあった。
さすがに4年もこんな行き当たりばったりの旅を続けていると、二人とも慣れたもんである。妙に落ち着いてしまっている。
「なくても暖かいから野宿できますやろ!」シシャチョーが冗談めかして言う。
調べたら近く人温泉街があったので、何とか旅館の一室を確保することができた。
走りごたえ満点の伊豆半島
翌日は予定変更して沼津まで走った。出発して再びアップダウンに見舞われたがそれでも海辺の景色と走りやすい道に気分よく進むことができた。荷物を積まずに走ったらこの西伊豆は素晴らしいサイクリングコースだと思う。太平洋岸自転車道のここまでのところではベストのロケーションだ。
「西伊豆は相当いいらしいですよ」
シシャチョーから事前に聞かされていたのはこの言葉だった。それは景色と道が良いという意味だったのだろう。しかしそこに加え途中で出会った人々との触れ合いがあったことで、事前に聞かされていたよりはるかに良い印象になった。
今回の走行距離:下田〜土肥〜沼津(134km)