勝機を探すショートトリップ、ログリッチェの五輪コース試走
目次
さいたまクリテリウムの翌日、
勝機を探すショートトリップ
さいたまクリテリウムのたった4日前に突如として来日が発表されたプリモシュ・ログリッチェ(ユンボ・ヴィスマ)。マイヨ・ロホ姿でさいたまを駆けた翌日早朝、東京都内某所のホテルから出てきたログリッチェは、車で一路山中湖方面へと向かった。目的はそう、東京五輪ロードレースコースの試走だ。
道中、前の車に乗ったログリッチェの視線を釘付けにしていたのは、富士急ハイランドだった。アテンダントが車中で”ドドンパ”の説明をしたら、本気で乗りたがったそうだ。元スキージャンパーはやはりスピードに目がないようだ。夜にはビアンキストアでのサイン会、そして当日の飛行機で帰らなければならないという強行スケジュールだったため、残念ながら実現はならなかった。
山中湖に到着すると、コースマップを見ながら籠坂峠を下って、富士スピードウェイに車をつけた。そこで着替えをして、赤色のバーテープが巻かれたままのビアンキ・オルトレXR4にまたがった。走る場所は既に目星が付いていた。明神・三国峠~山中湖~籠坂峠~富士スピードウェイ西ゲートのおよそ35km。その中でももちろんメインは、クリテリウムの前々日の雨の中、クリストファー・フルームらも試走した明神・三国峠だ。なぜここを選んだのか聞くと、「レースがここで決まるのは明白だから。あまり重要じゃないところは時間もないし、削ってもいいかなと思って」と話していた。
富士スピードウェイから出発してすぐに明神峠の上りに入る。ログリッチェは軽めのケイデンスで回しながら勾配がきついところではダンシング織り交ぜながら感触を確かめるように上っていく。レーススピードではないトップ選手のペダリングというのはあまり見る機会もないが、実にスムーズなものである。自転車に乗っているうちにだんだん口数も増えてきて、表情も柔らかくなっていった。メーターも特につけず、データを取るためにしっかり踏むというよりも周りを見ながら、景色も見ながらサイクリングペースで(と言っても十二分に速いのだが)三国峠の頂上に到達すると、「No climb!(こんなの上りじゃないね)」なんて冗談めかして笑っていた。しかし、息の乱れなどはまったく見られなかった。来年、勝負の最終盤でこのコースをどんなスピードで、どれだけ必死の形相で選手たちが駆け抜けていくのだろうか。
頂上でウインドベストを受け取ると、あとはひたすら下り。特に踏んでいるというわけでもないが先導していた車にすぐに追いついてしまうほど速かった。
コースの一部試走を終えて感触としては、「普通なら大丈夫」と話す。スプリンターが終盤に生き残る可能性は低いとログリッチェは読む。だが、三国峠を越えた後も距離があるため、そこでのアタック後に集団に吸収される可能性が大いにあると考える。リオ五輪での勝者であるフレッヒ・ヴァンアーヴェルマートやヤコブ・フルサング、ヴィンチェンツォ・ニバリ、ジュリアン・アラフィリップ、ツール勝者エガンアルレイ・ベルナルなど有力候補の名前を羅列していた。今回の試走では中に入ることはできなかったが、富士スピードウェイ内のコースレイアウトも気にしていた。
なお、試走時の気温は20℃ほどと快適だったが、本番の気温は40℃近くなるだろう。加えてまとわりつくような湿気も選手たちを苦しめる要因となるはずだ。そのことを伝えるとかなり驚いた表情をして、「ここが⁉︎ 40度?暑さ対策をしないと……」とつぶやいていた。
ひたむきに身につける勝ち方
2019シーズン、最も強さを印象付けたチームの一つといってもいいであろうユンボ・ヴィスマ。ワールドツアーだけで25勝、通算では51勝という近年の著しい成長を裏付ける結果を残した。その中でもログリッチェは、出場したステージレースは全て総合表彰台に登っており、むしろ負けを喫したのはジロだけだった。ジロで何を学び、ブエルタでどう生かしたのだろうか。
「ジロで勝つことはできなかった。それでも3位で表彰台に乗れていい結果だったと思う。でも、もちろん僕はレースに勝つためにそこにいる。僕たちはジロ期間中にいくつかの間違いを犯したんだ。水分やエネルギーの取り方などいくつか問題を抱え、それをどのようにうまくマネージメントできるかを学んだ。だから、ブエルタでは違ったアプローチ、違ったトレーニングを行なった。ブエルタとその他いくつかのレースでは、エネルギーや水分の取り方などいくつか方法を変えたんだ。さらに僕らのまわりには優秀なスタッフがいたから、チーム全体がより強く、より良くなっていった」
チーム全体でTTの強さも目立ったシーズンだったようにも思える。
「そうだね、僕たちはTTで本当に素晴らしい結果を出せた。でもそれはかなり長い年月をかけて、たくさんのエアロダイナミクス材料を試しながらハードワークをしてきたから出せた結果だと思うんだ。チームメイトたちが皆テストをして、学んで、うまくいったのが今シーズンだった。やっと努力の結果を見せることができた、というところだろうね」
”ヒーロー”の登場、スロベニアの変化
2019年のUCI個人ランキングで首位に輝いたログリッチェや、ブエルタでログリッチェとともにステージ争いを演じたタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)らが多くUCIポイントを稼ぎ、スロベニアは東京五輪のロードレース出場枠を4枠獲得した。「まだ誰が出られるかは正確には分からない」と言っていたログリッチェ。メンバーはこれからそれぞれのチームが出すスケジュールと相談しながら決めていくとのことだった。それでも、「僕とポガチャルと、マテイ・モホリッチ(バーレーン・メリダ)と、あと一人は……」なんて想定を組み立てていた。
スロベニアは人口200万人ほどの小国にも関わらず、彼らのようなタレントが光る選手が複数人存在する。さぞかし一般サイクリストの数も多いのだろうと聞いてみると、そう多くなはいと言う。単純に、どうしてスロベニア人が強いのか質問を投げかけてみると、こう返ってきた。
「うーん、それは分からない。だけど、小さな国ながら良いアスリートがたくさんいるんだ。僕たちの国にはサイクリングに紐づく歴史みたいなものが存在しない。スロベニアだと、4~5歳のときからスキーを履かされて、スキーやスキージャンプをやることが多いね。自転車には……そう乗る機会がないかな。でも最近ではテレビなどで自転車を見る機会が増えるようになった。その影響でか、サイクリングの人気は増えていると思うよ」
今シーズンのジロの最終週は、スロベニアとの国境に近い地域にコースが取られたこともあり、一山丸ごとスロベニアの応援なんじゃないかと思えるほどにそこかしこにスロベニアの国旗がはためいていており、”ログラ”(ログリッチェの愛称)への声援はひときわ大きいものだった。
「ジロの最終週は本当にたくさんのスロベニア人とスロベニアの国旗が山を覆い尽くしていた。信じられないほど素晴らしい景色だったね」
どの競技においても、”ヒーロー”と言えるような強者の存在は、一国におけるスポーツの未来を動かすのだ。
グランツール勝者が位置付ける東京五輪
グランツールの一つを獲得した彼にとって、来シーズンの東京五輪はどういう位置付けになるのだろうか。
「4年ごとの大事なイベントだから待ちかねていたよ。僕はウィンタースポーツからキャリアをスタートさせたけど、その世界では間違いなく最も大きいイベントだった。今、サイクリストとしては少し違う感覚だね。でもいずれにせよ僕たちはオリンピックを走るレースプログラムを作らなくちゃならない。何が来ようとメダルを勝ち取るために戦いたい」
狙う色はもちろん金だ。
「絶対にここで勝ちたい。今から楽しみだ。ただツールを走った後だと準備が十分にできるかどうか……、ただ僕たちにとってツールは最も大事なレースだ。とにかくチャンスをつかむのはそう簡単なことではないだろうね」
ツール終了日から五輪のロードレースまで6日しか間がない。ヨーロッパから日本までの長時間フライトに加えて、時差の問題、日本の高温多湿の環境にどう対応するかなど、課題は山ほどある。勝ちを目論む各国はどんな対応策を講じてくるだろうか。
今回話を聞いたログリッチェや、今年のツールで勝利をつかんだエガンアルレイ・ベルナル、4度ツールを制したクリストファー・フルームなどにも言えることだが、グランツールの勝者というのはなんだかおそろしく落ち着いていて真面目で、どちらかというと”素朴”という言葉の方がしっくりくる印象だった。自身の輝かしい勝利の数々をひけらかすことをまったくしない。人と違うところと言ったら、勝つことへの”執念”が異常なレベルであることだろう。勝つためならどんな機会も逃さないし、どんな努力であろうと惜しまない。
とんでもない数の大人たちがたった一人の勝者を生み出すために身を粉にして働くステージレースの特性上、そうでなければ勝利をつかみ取るのは難しいのかもしれない。
来年に向けて、勝利への”執念”を一番深く燃やせるのは果たして誰なのだろうか。